2010.01.20 Wednesday

布田眼薬

    

昨年末に拾った高さ4センチ、底径2センチの小壜。壜には「布田眼薬」「薬王寺」のエンボスがある。調べてみると、薬王寺は千葉県東金市布田にある日蓮宗の由緒あるお寺で、そこで古くから作られていたのが「布田眼薬」なのだという。その目薬は三代・日正上人が門前で倒れていた旅の僧を助け、その御礼として製法を伝えられたもので、寛永10年(1633年)から製薬しているのだとか。と言っても、現代売っているものは薬事法などの絡みから当時のままのものではないそうだ。で、この布田眼薬の壜。びっきさんのところで見かけて、YUKIさんや最近ではかおちんさんも拾われている。でも…それらの壜はみな透明ガラスなんだよね。似たような例では、「雲切目薬」が僕が拾ったものはコバルトブルーのガラスで、むれ子さんの拾ったものが透明ガラスだったことがある。さて、この緑色の布田眼薬、パチもんか、はたまた時代違いのものか、どっちだ?
2009.09.04 Friday

師天堂精き水

    

よく見かけるロート目薬や大學目薬などとはちょっとデザインが異なる両口式目薬壜。壜の両側にエンボス文字が刻まれていて、拾った目薬壜の中でもお気に入りの一品だ。実はこれ、ずいぶん前に一度掲載しているのだけど、その時は他の収穫と一緒だったので改めて単独で紹介する。壜のデザインは簡潔に言えば太短い。長さは7センチ弱で他製品に比べて1センチほど短い上に、スポイトのゴムを収める部分が大きくて、薬液が入る本体部分はさらに小さい。エンボスは「株式会社 師天堂」と「眼病専門 精き水(きは金に寄)」とある。両側の漢字エンボスは海岸で拾える両口式ではかなり珍しい。名前の「精き水」は本来、日本最初の目薬につけられた名前で、パクリなのか暖簾分けとかなのか正体は不明だ(笑)


     

ちなみに、この「精き水」の目薬壜は、一昨年に水戸市立博物館で開催された「硝子壜の博物誌」展の図録に同じものの写真がある。この展示はびん博士の庄司太一先生が全面的に協力されているので、それも先生のコレクションなのだろう。また、僕はその後にほぼ同じデザインで色が茶色、エンボスなしの目薬壜も拾っている。同じ師天堂の別製品か、同じ商品の時代違いか。エンボスがないのでシールラベルが使われていたと思われ、時代的には若干新しいのかもしれない。(*ちょっと撮影条件が違ってしまい、壜の青みが上下で違いますが同じ壜です(笑) 実物の色は上の方が近いかな?)



いちゃいちゃ(ハート)……海山日和
2009.07.21 Tuesday

雲を切る!

    

びっきさんのブログ記事で少し話題になったので、うちにある小さい硝子壜の1つを紹介しよう。大きさは高さ32ミリ、底の直径21ミリ。欠けもあって状態はベストではないけれど、コバルトブルーで印象的な壜だ。そして胴には「雲切」と反対側に「目薬」のエンボスがある(ただし目薬の「薬」の文字は削げ欠けで欠落)。「雲切目薬」と言えば善光寺参りのお土産として名を馳せた超メジャーなご当地薬だ。その歴史はなんと1543年(天文12年…戦国時代の鉄砲伝来の年!)に遡る。製造元は長野市に現在も営業する笠原十兵衛薬局(発売当時は薬房)で、元々は薬は貝殻を器にした軟膏で、大正時代の頃にこの軟膏を蒸留水に溶き硝子壜に詰めて水目薬にしたという。ちなみに、雲切目薬は薬事法の関係で1982年(昭和57年)に製造を中止し、現在は成分の異なる復活版が売られているそうだ。
 

    

さて、今回のちび壜。おそらくコルク栓で雰囲気は大正から昭和初期のものと一致する。ただし、雲切目薬は有名な商品だったため偽物も多く流通していたらしいから、この壜が本家本元かどうかはわからない。この壜、実は底に「屋根に一文字」の商号エンボスがある。これが発売元であった笠原十兵衛薬局の商号なら正真正銘の本物になるわけだけど、果たしてどうだろう? お店のHPを見る限りでは不明だけど、正体がわからないままでもそれはまたそれで楽しい☆

でも、うちで本当に最小なのはこれでした!

雲切目薬は、透明の壜をお友達のむれ子さんが拾ってます。リンク先で検索してね。

2009.06.06 Saturday

青い両口式目薬壜

        

前記事は硝子壜の欠片の話。欠片といえば、海岸では両口式目薬壜の欠片もよく見かける。でも、先月は幸運にも完品に巡り会えた。そこはわずかながら可能性を感じていて、いつか何か出るかな…と淡い期待を抱いていたポイント。足繁く海へ通っていれば、こんなこともある(笑) 形は先細りタイプで、エンボスはないものの大學目薬シリーズに似た印象がある。滑り止めのためか、表面にはザラザラの加工がされている。ロート目薬の両口壜に比べると無骨な感じもあるけど、そこがまたいい。 奥に見えているのは2年前くらいに千葉で拾った、やはり無名の両口式目薬壜。同じ青でもちょっと紺色がかって、デザイン的にも手が込んでいてお気に入りの一品。両口式目薬壜は、このデザインの多様さが魅力なんだよね☆


  


うぉっ!これ何もの?……海山日和
2009.05.11 Monday

大正時代だから?

        

コルク栓の目薬壜は、明治から昭和初期に使われていたタイプ。と言ってもその間には数十年もの間があるわけで、その壜が作られた、あるいは使われた正確な時代というのは、なかなか判断がつかない。でも、今回の壜は大正時代じゃないかな? だって名前が『大正目薬』だもん(笑) 製造会社は『帝國製剤合資會社』と、なんとも厳つい名前で、これもそんな時代っぽいかもね。ところで、この壜はコルク栓タイプの目薬壜としては少し変わっている。上下の写真を見て気がついた人はいるかな? 普通、このタイプの目薬壜はこんな感じ。…わかります? 壜の片面の端が、箱に入れる時にスポイトがきちんと収まるよう、その分だけ凹んでいるデザインなのだ。でも、今回の大正目薬はそれがない。箱がそれだけ大きかったのか…。いったい、どんなパッケージだったんだろうね?


        


そちらでは何色?……海山日和
2009.03.03 Tuesday

ROHTO EYE WATER

    

昨年の秋に、ロートの両口目薬壜を拾った。欠片はよく見かけるのだけど、なかなか完品に出会えないロート両口目薬壜。これでやっと2本目だ。今回のものは以前に拾ったものより少し細い。そもそもロートの両口目薬壜には、太、中、細の3タイプがあり、以前拾ったものが太タイプ。今回のものが中タイプ。同じ青いガラスでデザインも同じだけど、胴に刻まれたエンボス文字は太タイプが「EYE LOTION」で、中タイプは「EYE WATER」だ。それに太タイプは、気泡たっぷりで歪みもあり、銀化までしている。それに比べて今回の中タイプは気泡も歪みもなく、とってもきれい。両口目薬壜は昭和6年から昭和30年代半ばまで使われたものだが、この2つのロート目薬は、おそらく製造年がかなり違うと思う。もちろん今回の中タイプが比較的新しいものだ。この2つ、兄弟というより親子くらい歳が離れてるのかもしれないね(笑)


    

この中タイプはあかずきんさんも拾われているけど、その壜はエンボスが「EYE LOTION」になっている。

2008.11.16 Sunday

若草色の目薬壜

    

綺麗なライトグリーンのガラスを使った両口式目薬壜。ほかの目薬壜にはない色で、とっても綺麗☆ 去年から今年にかけて、ポツリポツリと拾えたもので、僕の持っている目薬壜の中では割りと新参者。右のプラキャップ付きのは今年の初夏に拾ったものだ。この目薬、歪みも少なく気泡もなく、とても整った作りをしている。プラキャップ式であることから考えても、昭和30年代のものだろう。実はこれ、とある骨董系のサイトで大正製薬の目薬壜として紹介されていた。そこで、大正製薬のHPを見てみると、看板商品の1つであるアイリス目薬が昭和32年(1957年)に発売されている。ということは、この目薬壜もアイリス目薬とみて間違いないだろう。この目薬、テレビCMの「アイ、アイ、アイリス〜♪」というコピーをよく覚えている(笑) ちなみに大正製薬は、その名の通り大正元年(1912年)の創業。シンボルの鷲のマークは昭和30年(1955年)から採用されている。
2008.08.12 Tuesday

三姉妹の再会

   

このところ、すっかり拾う機会が減ってしまった目薬壜。少し前に、久しぶりに小さな両口式壜を拾うことができたのだけど(写真中央)、よく見てみると今まで拾っている2本の両口式壜にどこか似ている。1本(写真左)はピンク色というか淡い紫色で、上の口は失われていたけどスクリュー式のおそらくプラスチック製だろう。もう1本(写真右)は透明で、上の口はガラス成形の古いタイプ。どれもエンボスはなく商品ラベルを貼る窓があるのだけど、その大きさ形もまちまち。でも、基本的なデザインが同じだ。このタイプ、ネットなどでよく見かけるし、お友達で拾っている方もいる。でもメーカーがわからないんだよね。よく出てくるのだから大きな製薬会社だと思うのだけど…。それにしても、下の写真を撮っていたら、このガラスの目薬壜が、お盆休みに実家に帰省して久しぶりに顔を合わせた姉妹みたいに見えてきた(笑) それぞれに性格も違うけど、どこか根っこは同じ…みたいな? 世間様もお盆休み。そんな再会をしている人も多いかな。

【追記8/13】あかずきんさんからの情報で、この両口壜は「大学スーパー目薬」の可能性が出てきました。だとすると、あの大学目薬ブランド、参天製薬の目薬です。


    


海山日和:「銀貨と金貨」…拾いモノ? いえ、海の生き物の話題です(笑)
2008.06.14 Saturday

スポイト蓋の目薬壜

   
    
海岸でよく見かける小さな硝子壜。高さは30ミリ、直径25ミリ。だいたい、どれもそれくらいの大きさで、肩の部分が丸みのあるものや、ブルーのガラスのものがあったりする(写真3)。最初はなんの壜だかわからなかったのだけど、調べていくうちにこれが目薬壜であることがわかった。このタイプの目薬壜は、スポイトと兼用になった蓋がついているもので、そのガラスのスポイトも海岸で拾ったことがあった。
今回紹介している壜とスポイト(写真1)は、同じ場所で、数十センチほどの間隔で落ちていたもの。これは!と思って、壜にスポイトを差し込んでみると、擦れ傷の位置もピッタリ一致した。最初からセットになったもの同士だったのだ(写真2)。このタイプが使われたのは、おそらく戦前。そんな長い間、壜とスポイトが離れずにいたなんて…。なんだかとっても嬉しくなった☆
ちなみにこの目薬壜は、一般に売られていたものではなく、病院などの業務用だったという話もある。デッドストックは砲弾型の木製ケースに入っていて、ネットオークションなどにも時々出ていることがあるよ。

Shigeさんのブログでも、ハケ出土のこのビンが紹介されています。


     


海山日和「蛙の歌が聞こえてくるよ♪」
2008.05.19 Monday

仁成堂の目薬

  

アンプル容器を思わせる、とっても質の薄いガラスでできた小壜。高さ55ミリ。口はラッパ形に広がっていて、戦前のコルク栓壜で時々見かけるタイプだ。おそらく、ずっと砂に埋もれていたのだろうけど、よくぞ割れずに海岸に打ち上がってくれた。口の縁がわずかに欠けているけど、そんなことは問題にならない。明るめのコバルトブルーもとっても美しい。胴には「目薬」「仁成堂」のエンボス。この二文字でネット検索すると、東京の八丁堀に明治時代に創業した「仁成堂漢方薬局」が見つかった。現在は暖簾分けされた8店舗が都内にあるらしいけど、明治創業なら、この本店が出していたものの可能性は高いかもしれない。ガラス壜がアンプル容器風なのは、この薬が一般市販薬ではなく、お店でその都度調剤する、あるいは量り売りするような薬だったからなのかも(当時の薬事法についてはよくわかりませんけどね)。
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