hiroimono

びーちこブログ・海辺で出会った拾いもの、アレコレ。。。
<< May 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
RECENT COMMENT
PROFILE
MOBILE
qrcode
ARCHIVES
 
いい加減にもほどがある
        

GW連休もあっと言う間に終わってしまった。連休中の家族サービスなどでお疲れの人も多いとは思うけれど、頑張っていきまっしょい! 今回は春の干潟で拾った小さな広口瓶。底の直径が35ミリほどのもので、この手のものは、かつてはよく出ていた。特にエンボスもないのだけど、小さくて可愛らしいし、気泡や歪みのあるものもあって、見つけるとついつい拾ってしまう。さて、今回の広口瓶。拾い上げてみると、誰の目にも明らかなほど歪んでいる。瓶の外周で、高さが3ミリほども違うのだ。最初はゴミ焼きなどの熱で歪んだのかと思ったのだけれど、瓶の口や蓋のねじ切り部分の成型はしっかりとしている。つまり、これは後から歪んだのではなく、製造時からの歪みと考えられるのだ。時代的には戦前か戦後間もなくくらいのものだろう。今まで、その時代と思われる、作りの甘いビンをいくつか見ているけれど、ここまでのものは初めてかもしれない。いい加減にもほどがあるなぁ!(褒め言葉 笑)


地下鉄(メトロ)を塗って
        

春の干潟歩きの収穫品、3つめは化粧品瓶。化粧品系の広口瓶は海岸からはけっこう出てくるのだけど、エンボス文字がないものも多く、時代が読めない(古いのか新しいのかわからない)ので、最近は拾うことがほとんどない。しかし、これはなかなかデザインが凝っていたので持ち帰った。ご覧の通り、ボディには段々が刻まれ、小さな菱形のラベル窓と、その反対側に大きな四角いラベル窓がある。大きさは高さ53ミリ、底の直径49ミリ。見つけた時は黒か、濃いブラウン系のガラスかと思ったけれど、太陽に透かすとけっこう綺麗な紫色だ。


               

菱形のラベル窓の下には「METRO POMADE」のエンボス。早速、ネットで調べてみたけれど、何にもヒットしない。先に紹介した陶製レートや円筒キンカンと同じ場所で拾ったので、時代的にも同じ時代の可能性はある。ということで、あれこれ想像してみた。「METRO」は、都市部の高架式鉄道や地下鉄など他の交通機関と立体交差をする交通機関を指す言葉。日本ではほぼ地下鉄の意味で使われる。日本で最初の地下鉄は、1915(大正4)年の東京の郵便専用地下鉄。最初の旅客地下鉄は1925(大正14)年の仙台の宮城電気鉄道。でも、郵便用と地方線ではインパクトに欠ける。で次に出てくるのが東京で最初の旅客地下鉄である、1927(昭和2)年に浅草〜上野間で開業した東京地下鉄道。1934(昭和9)年には新橋まで延伸。これは現在の東京メトロ銀座線である。銀座といえば昭和初期にはモダンボーイやモダンガールが闊歩したお洒落の街。「お洒落」=「ポマード」で繋がった! まぁ、まったくの当て推量だけど、けっこういい線行ってると思わない?(地下鉄だけに 笑)



前回の陶製レート記事に追記があります。



こちらも更新中……海山日和
円いのは配給品
            

春の干潟歩きの成果から1つ。既にこのブログでは2度登場しているキンカンの円筒壜に、3本目が出た。基本的には同じタイプだけれど、今回のものは他の2つより2ミリほど背が高い。製造時にできた傷や目立つ気泡が2つあるけれど、ガラスのムラや歪みは少なく、壜の作りとしては比較的しっかりしている方だと思う。そして今回の壜の特徴として、ガラスの色が薄いことがある。緑色というよりは水色に近い印象だ。水色のキンカンと言えば、まだ欠片にしか出会っていない憧れのオールド・キンカンの水色壜があるけれど、同じ水色キンカンとは言え、これはちょっと違うよな〜(笑)


          

キンカンの円筒壜については、ビン博士の庄司太一先生がその著作の中で、軍用であった可能性を指摘されている。キンカンは今でこそ虫刺され治療薬というイメージだけど、かつては火傷や外傷を中心とした万能薬とされていた。また実験により毒ガス(イペリット・ガス)の治療にも効果があるとわかり、昭和16年に軍用医薬品として採用されたようだ。確かに、僕が円筒壜を拾っているのは、周辺にかつて旧軍関連施設があった場所。ただ、びーちこ仲間さんやビンマニアさんのブログなどを見ていると、けっこう普通のハケでも発見されている。これが不思議だった。よくよく調べてみると、キンカンの円筒壜は、戦時下の防空意識・思想の普及高揚、防空事業の促進を目的に設立された(財)大日本防空協會の指定配給品として、一般にも売られていたことがわかった。売値は壱円貳拾参銭だったらしい。ビンがなぜ従来のデザインではなく円筒形なのかは、おそらく生産や流通の効率化のためと、軍用品や配給品としてメーカーのオリジナリティを廃したいといった理由があったのではないだろうか。



キジの記事……海山日和
エルレンマイヤーのコバルト
            

硝子壜記事の連チャン。「トヤマボトル騒動」のtbs-hrkさんが、素敵なコバルトブルーの硝子壜をたくさん見せてくれちゃうので、敵わぬまでも少しばかり対抗してみよう(笑)とは言え、壜の正体でも、数でも相手にならないので、ここは同じコバルトブルーでも、壜の「形」でどうだ! 今回は、昨年の秋に千葉で拾ったもの。見ての通り、理科の実験で使った三角フラスコのような形の小壜だ。高さは38ミリ、底の直径が45ミリで、やや末広がり。エンボスなどはない。こういう形は、普通の壜よりも正形が難しく、手間がかかりそうだけれど、中身はいったい何が入っていたのだろうか。内容量も多い訳ではないから、ちょっとお高い薬かなにかだったのかな?


              
              

ちなみに、エルレンマイヤーとは19世紀末に活躍した、ドイツの化学者、薬学者。理系の人ならご存じの方もいるかもしれないけれど、彼はエルレンマイヤーフラスコ…つまり三角フラスコの発明者としても知られている。



4人のヴィオレッタ……海山日和
amber or umber
            

amber とumber…この2つはどちらも色の名前。英語では発音に違いがあるのだろうけど、日本語にしてしまうと、どちらも「アンバー」なので紛らわしい。amber は、琥珀に由来する色で、黄色っぽい感じの色。umber は土壌由来の顔料で、茶色っぽい感じの色だ。で、この硝子壜。最近、拾ったものだで、高さ65ミリ、底の径24ミリのコルク栓式。気泡もガラスのゆらゆらもあり、おそらくは戦前昭和のものの可能性が高い。エンボスでもあれば良かったけれど、側面にも底にもない。でも、この硝子壜の一番の魅力はこの色だ。茶色の壜は多いけれど、この茶色のようでも黄色のようでもある微妙な色合いは、ありそうでそう多くない。さて、この色、あなたにはamber に見える?それともumber に見える?


          


春は海も野山も楽しいね!……海山日和
名もなき硝子壜
         


どこで拾ったものだったか…。高さ6センチ弱でちょっと広口の、緑色の硝子壜。エンボスはなく、正体はわからないけれど、おそらく何か薬が入っていたものかと思う。時代は戦前か、戦後間もなくか、そこそこ遡るはずだが、それこそ当時でも数多作られた1本に違いない。でも、その当時だからこそ、唯一無二の1本のはず。その硝子のユラユラや、散りばめられた気泡を見ていると、時が経つのも忘れてしまう。そんな名もなき硝子壜も、僕は大好きだ。


          
資生堂神薬
            

先月初めの千葉行きの際、とある海岸を歩いているときのこと。海岸の土手と岩場の境目、最満潮になれば水を被るような場所に顔を覗かせていたのは…。これって来ちゃった? どうか割れていませんように…と願いながら手を伸ばした。


               
               

来ちゃいました!(笑) 2014年の hiroimono 。新年一発目は、どーんと景気よくコバルトブルーの神薬壜から始めよう!長年海岸を歩いているけれど、これがやっと2本目の神薬。高さは68ミリ、底は20×13ミリと、ちょっと小さめの壜だ。首の部分に製造時にできたと思われる傷があるだけで、割れも欠けもない完品。そのコバルトブルーにも一片の曇りもない。ほんの少し、まるで小首をかしげるかのように首が曲がっているのがご愛敬。エンボスは、表?面に「神薬」、反対面に「資生堂」。そして側面に「SHISEIDO TOKIO」「DISPENSARY(ただしNは逆さ。施薬所、調剤所の意)」とある。


           
           

神薬壜の世界では有名な「資生堂」は、福原有信が明治5年に創業した資生堂薬局(これが後の資生堂に繋がる)と西洋薬舗会社資生堂が一度経営破綻した後、事業売却先や独立した関連会社などがそれぞれ「資生堂」を名乗ったものらしく、複数が存在する。そして福原有信個人が引き継いだ資生堂薬局以外は、どこも神薬を製造販売していたらしい。なので、この壜の神薬がどこの「資生堂」で作られたものかはわからない。だけど、そんなルーツに関係なく、魅力的なものは魅力的なのだ。最後は以前に拾った本統神薬の壜とツーショット。うん、やっぱりいいね!


               

                 そんなこんなで、本年もよろしくお願いします☆


男臭そう
            

少し前に海岸で拾ったコルク栓式の硝子壜。見つけた時は透明ガラスで少し新しめに見えたし、よくある無名無印のものかと思ったけど、違った。手に取るとしっかりとエンボス文字があって、しかもそのネーミングが素晴らしい! それも「黒川 軍人液 第壱號」…「黒川」は右書き文字、「軍人」という名前、「號(号)」という旧字使いからして、戦前のものであるのは間違いないはずだ。最初、この勇ましく男臭そうなネーミングは、病気に打ち勝つイメージでつけられたもので、中身は何かしらの内服薬だと思った。けれど「第壱號」という文字には、当然「第弐號」があったと想像できる。これは昔紹介した髪染め・君が代の甲液、乙液のような、2つの液体を合わせて使うものである可能性を示している。内服薬では2つを合わせて使うというのは少し違う気もするし…もちろん白髪染めで「軍人」というのも変だ。ちょっと思い浮かんだのは、現代にある2つの液を混ぜ合わせて使う接着剤…。さて、この中身はいったい何だったのだろう?



驚くべき生命力!……海山日和
君が代の新顔
            

古い硝子壜好きの人ならよく知っている、白髪染めの「君が代」。この白髪染めは、明治38年創業の「志ら毛染め君が代(君が代山吉商店)」の看板商品で、特に戦前は大きなシェアを占めていたらしい。そのためか、この君が代には実に多様な形の硝子壜が存在する。ここでも今までにコルク栓タイプ2種類を紹介しているけれど、今回紹介するのは自身3種類めのコルク栓タイプだ。とは言え、実は拾ったのは既に4年くらい前。すっかりお蔵入り状態になってました(笑)ちなみに、君が代には戦後のスクリュー栓タイプがあって海岸でも時折見かけるのだけど、ブログで紹介したつもりがちゃんとしてなかった…(ここに集合写真があり)。


          

形は壜底がほぼ正方形の四角いもの。僕が一番最初に拾った君が代壜(写真3の左側)に比較的イメージは近い。ただ、それよりも胴が短く、首が太く、ちょっと無骨な印象だ。胴の四角い枠の中に「君が代」(「が」の字は変体仮名)のエンボス。そして、反対側の面に「甲」の1文字エンボスがある。これは当時の白髪染めが染め粉とそれを溶かすオキシドールの2本で1組で売られていたため、「甲」と「乙」の文字で区別していたらしい。高さは6センチ弱、底の1辺は2センチ。綺麗な壜だけど作りは案外と粗雑で、壜の内側は写真2の通りかなり硝子が偏っているし、外側の角にはバリができていたりする。でも、そんなところがまた古い壜の魅力だよね。最後に手元に集まったコルク栓の3タイプを並べて記念撮影、パチリ☆


              


記事連投中!……海山日和
正真正銘
            

少し前にライオン歯磨き粉のパチモン瓶を紹介した。それは形が似ているけれど、ガラスの色が違うし底のエンボスが変!というものだったのだが、今回とある陸ハケで正真正銘、本物のライオン歯磨き粉瓶を拾うことができた。色はかなり濃い目の紫色で、写真の通り陽が差し込む窓際で撮影してもあまり光が透過しない。瓶そのものの作りもかなり良く、歪みも気胞も見られない。ほぼ現代のビンと同じレベルといっていい。


          

2つの瓶を比べてみよう。底のエンボスも今回のものは、細めだがしっかりとした文字で「 LION 」と刻まれている。全て大文字で、これはネットなどで見たものとも一致する。右に並んだパチモン?の瓶との違いは明らかだ。そして、その下に「 L 」の文字。これについては、製品のサイズを表すものかとも思ったが、エンボスがないものや、ローマ字ではなく数字になっているものもあるようだ。サイズでないとすると製品の製造工場を表すか、流通上に関わる記号かもしれない。ライオンの瓶入り歯磨き粉は昭和30年代の商品のはずで、僕が拾うガラスものでは新しい時代の部類に入るけれど、色合いも形もなかなか綺麗でいい感じだね!


               

(C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.