2019.11.30 Saturday

材木座の紅

        
 

最近、鎌倉の材木座海岸を歩くと、数回に1度くらいの確率でベニガイが拾えるようになってきた。鎌倉の海岸では、サクラガイやカバザクラガイ、モモノハナガイ(エドザクラ)などはある程度、拾うことができる。けれどベニガイなんて、ちょっと前までは幻の存在だったのにだ。一見、何の違いも見えないけれど、海の環境は常に変化している。鎌倉の海岸でも、前より増えたように感じる貝や、反対に減ったように感じる貝もある。もし、鎌倉の海岸でベニガイが復活してきているのなら、それは嬉しい変化だね。3枚目の写真の下にあるものは、欠けてしまっているけれど、残った部分だけで5センチを超えた大物だ。完全なら6センチを超えたかもしれない。一方で同じ写真の上にあるような、小さめのものもある。大小、大きさの違う個体があるってことは、復活している可能性は高いんじゃないかな。もっとも、とっくに復活しているけれど、自分より先に拾われているだけだったりして。サクラガイなど紅い貝を拾う人は、ホント多いからね(笑)


  


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2019.11.25 Monday

ヒマラヤから来て…ません

 

緑二重線とかパピとか金魚とか拾ったのと同じ日の拾いもの、これで打ち止め。この日はちょっと由比ヶ浜側まで足を伸ばして、これはそこで拾った。ものの正体は、ヒマラヤスギの松ぼっくりだ。。ヒマラヤスギは、日本では主に公園樹などとして植栽されている。おそらくは台風の強風で枝ごと吹き飛ばされ、近隣の川から流されてきたものだろう。現場写真は撮り忘れてしまったけれど、拾った時はまだ緑味があって固く閉じていて、成熟しきっていない感じだった。松ヤニも滲み出ていた。持ち帰って、とりあえず塩抜き洗いをして、そのうち写真を撮ろうと放置していた。そしたら、気がついたらバラけてしまっていた…。


  

松ぼっくりは、軸に鱗片葉が複数つき、全体として楕円形になった果実(球果、毬果)で、種子は、鱗片葉の種鱗と呼ばれるものに収まっている。アカマツやクロマツ、カラマツでは、種鱗は軸と一体化していて、種子だけが風に飛ばされる。一方、モミやヒマラヤスギ、トウヒでは、種鱗も軸から離れて種子と一緒に風に飛ばされる。つまりは、松ぼっくりが解体してしまうのだ。2枚目の写真、右側上下にあるのが種子、中にあるのが種鱗。左側は種子が種鱗に収まった状態だよ。


  

最後は、以前お仕事用に購入したヒマラヤスギの松ぼっくり。長さは10センチ前後あるので、アカマツやクロマツに比べると存在感も抜群。インテリアにも向いている。売っているヒマラヤスギの松ぼっくりが解体していないのは、おそらく何かしら加工しているんだと思う。



2019.11.07 Thursday

いまさら鎌倉青磁18〜19’

         

すっかり報告を忘れていた鎌倉青磁。タイトルには18〜19’となっているけど、18年後半はまったく拾っていないので、実質今年に入ってから夏までになる(青磁拾いについては、基本的に秋から春で1シーズンとしてます)。この春はホント苦戦した。歩いても青磁が少なく、また蓮弁や線刻のついた、はっきりこれ!とわかるようなものがあまり出なかった。1枚目は1月17日。薄くて上質なもの。皿か茶碗の一部か。


        

3月14日。少し厚手で、貫入などあるものの、質は良い感じ。鉢や香炉、壺などの縁の一部だろうか。


 

4月12日。蓮弁のついたものが、やっと出た。茶碗の縁に近い部分。この部分はよく出るのだけど、高台に近い方はほとんど出ない。どこかに埋もれているのかな。


 

5月22日。今年の春から初夏では、この日が一番だった。拾ったものは2つだけど、どちらにも蓮弁。青磁というと、水色っぽいものや明るい緑色のものを想像するかもしれないけれど、鎌倉で出る青磁は、少しオリーブ掛かった独特な緑色だ。だが、それがいい!(笑) さて、夏以降、現在のまでのところ、ちょっと良いものが拾えている。台風が複数来たので、海の中が掻き回されたのだろう。今後にも期待したい。



2019.11.02 Saturday

海岸からBonjour!

 

夕刻の薄暗い海岸で見つけた小壜。砂を洗い流して見ると、胴部分の一面をエンボス文字が埋め尽くしている。この雰囲気は日本のものではなさそうだ。ほとんど汚れはなかったけれど、一応漂白。きれいさっぱりした壜を改めて見てみると、首の根元にもエンボス文字が刻まれていた。早速、それらの解読を試みる。
まず首の根元は
FRANCE OLIVE PURE:フランス オリーブ ピュア
胴の正面は8行あり、上から
FRANCE :フランス
LODOPOT :最後の1文字が不明瞭。別の文字かも? 何にしても意味不明。メーカー名かも?
HUILED'OLIVE :これはフランス語でオリーブオイルのこと。
PAREUMED :控えめ
GRASSE :グラッセ。料理の名前ではないと思うので、冷やす、艶を出す?…でも意味通じない。
VERITABLE :実物大
PRODUIT DE :プロデュース。「DE」は前置詞で「〜の」の意味。
PROVENCE :プロバンス。上の行から続きで、「プロバンス産」と言ったところか。

文字は英語ではなくフランス語。まあ、フランスって書いてあるしね。自動翻訳を使ったのでイマイチ意味不明の部分はあるものの、プロバンス産のピュアオリーブオイルの壜であることはわかった。細かい部分は、どなたかフランス語に精通した方がいらしたら、ぜひ教えてほしい。


 

壜は、ガラスの厚さにムラがある…と言うか、エンボス文字のある面がやたらと厚い。小さな気泡もポツポツ入っていて、時代的には戦前まで遡るかもしれない。当時の鎌倉は、政治家や実業家、高級軍人、作家などが暮らしたり、避暑に来ていたりした。そんな人たちがフランスからの輸入物オリーブオイルを使っていても、おかしくはない。壜の大きさは底辺の長径50ミリ、短径26ミリ、高さが67ミリ。そして、古い海揚がりの硝子壜ならではの、この輝き。なかなか魅力的な一品だ。


 




2019.10.25 Friday

海辺の金魚

        
        

これも、先に紹介している国民食器湯呑み、パピリオ陶製瓶と同じ日のもの。海辺の砂に半ば埋もれていた陶製人形を救出してみたら、海だと言うのに金魚が出現。さぞ、しょっぱかったことだろう(笑) 高さ4センチほどで、大きな尾びれで飛び上がるようなポーズを取っている。口をパクッと開けていて、なんとも可愛らしい。色はすっかり剥げているけれど、かすかに残った塗りから、全体は赤色、黒色の瞳が水色で縁取られていたことがわかる。この手の人形は、大抵は中空のつくりになっていて、それほど丈夫なものではない。一番脆そうな背びれも欠けず、よく無事でいてくれたものだね。


 
 

最近見かけた陶製人形たち。今はもう完品でないと拾わないけれど、記録のために写真は撮っている。上の写真は腰の部分からボッキリ逝っちゃってる男性もの。ニッカーボッカーズにブーツかゲートル巻き。マントを羽織って、左手でその裾を持ち上げている。兵隊さんか何かか? 下の写真は、首チョンパのイヌ。海上がり陶製人形のほとんどは、大きくくびれた首の部分で折れていることが多い。このイヌはホント惜しいな〜。



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2019.10.21 Monday

青くて丸い

 

今月の第3週は、仕事で千葉外房方面へ。最後に銚子に寄ったので、仕事終了後に利根川を渡り、ここに足を伸ばしてみた。当地に来るのは5月以来。遠くてなかなか来られないのだけど、地元とは違う環境だし、期待は膨らむ。使えるのは実質2時間ほどだったので、浜歩きは足早に……なんていくわけがない。小さなものも見逃さないよう、ゆっくりじっくり歩く(笑)


 
 

打ち上げ線上にはポツポツとカツオノエボシやギンカクラゲの痕跡。しかし、その打ち上げ線に沿って、くっきりと残る足跡。ビーチコーマーの先客さんがいたのか、あるいは漁具などが目当てのおっちゃんたちか。もし、先客さんがいたなら、あまり成果は期待できない。もやもやした気持ちを抱えながら歩いていると、わずかながらルリガイが見つかった。でも、クラゲの打ち上げ数に比べると、見つかった数は微妙…(苦笑) 


 

しかも、南方系っぽいものはほとんどなく、一番期待していた種子果実、海豆がまったく見当たらない。ココヤシも真新しいものはなく、砂に埋もれたものが数個。定番のモモタマナやゴバンノアシすらないのだから、がっかりだ。見かけたのは写真のマンゴスチン3個とククイ1個だけかな。あとはもう、クルミばかり。


         

川の流れ込みで折り返し、戻ろうと思ったところで見つけたのが、網掛けした浮き玉。直径は約7センチ。おそらく、イサリ用に使われたものだろう。無銘だけど形は整っていて、細かい気泡がたくさんある。なかなかの美品だ。結局、これで打ち止め。長距離ドライブでの帰途とあいなった。





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2019.10.19 Saturday

台風が過ぎ去って…

 

近年でも稀に見る大型で強力な台風19号が通過して、1週間が経った。幸いにして当方の周辺では特に被害という被害もなく、今回は自分の住むエリアでは停電もなかった。しかし、関東甲信、そして東北地方などの各地では、大雨による災害が発生してしまった。13日に三浦半島のいくつかの海岸を回ってみたが、高波、高潮で大量の砂や石が打ち上がっているなど、やはり多少なりとも影響があったようだ。それでも、その日の海の様子からは、そんな酷い台風が通り過ぎたなんて、とても想像がつかない感じだった。


 

風が東寄りだったため、三浦半島西岸に打ち上がっているものは少なめで、あってもほとんどが陸由来のものだったけれど、とある海岸で1個だけルリガイ。ちょっと大きめ。


         

そして1枚目の写真の海岸では、久しぶりにクチグロキヌタを拾った。普段あまり真剣に貝拾いをしない自分には、拾いものの鬼門と言えるタカラガイがいくつかあって、このクチグロキヌタもそのひとつ。もともと、そんなに数の出る貝ではないと思うけれど、自分はほとんど拾ったことがない。多分、片手で足りる程度…。今回のものは表面の光沢層は失われているものの、状態は今まで拾った中でもマシな方かな。何にしても、あまり拾ったことのないものが拾えるのは、嬉しいものだよね。



 

2019.10.15 Tuesday

海辺のパピリオ

         

時間は少し遡って、先月の半ば。緑二重線の国民食器湯呑みを拾ったのと同じ日のこと。なんと、パピリオクリームの陶製瓶まで出てしまった! 実は以前にパピリオの完品を拾ったのも同じ場所。再び出会えないものかと、密かに願い続けていたのが実現したのだ。遠目に四角いものが落ちているのを見つけた時、心が踊ってしまった。さすがに上面や口部分に欠けがあるけれど、海上がりでこの状態なら十分すぎるレベルだ。拾った時点では、写真のように全体に青い染みが広がっていたが、乾燥したらほぼクリーム色になった。


 

パピリオクリームは、昭和初期に伊東胡蝶園から発売されていた化粧品だ。画家・装丁家の佐野繁次郎が意匠のプロデュースをしていることでも知られている。この四角い陶器瓶は第二次大戦後の昭和30年代につくられたと言われていたが、戦前から使われていたという説もあるようだ。また、戦中には統制番号付きの円筒形タイプも存在している。自分は戦前の広告で円筒形タイプらしいのが写っているものは見ているが、四角いタイプのものは見ていない。また、自分が知る限り、四角いタイプで統制番号が付いたものはないはずだ。戦前から存在したのなら、なぜ統制番号付きが存在しないのだろうか。円筒形タイプの方が熟練工でなくても製造しやすいため、戦中は円筒形タイプのみつくられたのだろうか。まだまだ、パピリオには謎が多いようだ。


 
 

今回のものは、以前に拾ったものに比べて、ほとんど違いはない。若干、地の色が濃いめなのと、「P.」の文字がくっきりしている程度の差だ。ひとつ大きな違いは、今回のものの底には、「Z」または「N」と読める線刻があること。製造工場などを表している印なのか、これもまたパピリオの謎のひとつだ。



2019.10.04 Friday

やっと来た!

       

やっと来た! 西の方では漂着報告が上がっていたけれど、先月までこちらはサッパリだった。昨日、たいした風も吹いていないのに、びーちこ仲間から青物到来の知らせ。早速、海岸に出かけてみたものの、まったく何も見られない。材木座海岸を滑川まで行き、折り返して戻ってくると、さっきまで何もなかった波打ち際にギンカクラゲが!




それもそこそこ数が上がっているし、波間には今まさに打ちあがろうとしている個体もある。そしてよく見ていると、齧られた跡のついた個体がちらほら混ざっている。これは、きっといるな…。




やっぱりいたぞ、ルリガイ。大きさは少々小さめだけど、波打ち際にポツポツとギンカクラゲに混じってうち上がっている。この日は、合計12個のルリガイを拾うことができた。その後、夜になってから強い南風が吹き始め、本日も青物フィーバー。事情があって写真はないけれど、昨日よりもさらに多くの青物が打ち上がったようだ。海のCMさんは、40個ぐらい拾われていましたか? こちらは本日も10個ちょい。今日は、ルリガイが中心だけど、ヒメルリガイと少数のアサガオガイも混じった。10月に入って、やっと良い風が吹いて来た。これが追い風になればいいな!


       
2019.09.26 Thursday

Green & Double line

 

千葉県をはじめとした関東南部に大きな被害を出した台風15号。通過した直後の9日に海岸をチェック(その時の様子はこちらへ)、そして約1週間が経過した17日に、再び海岸を訪れてみた。海岸はある程度は清掃が進んでいて、当日は天気も良かったので、気持ちの良い浜歩きとなった。潮の引いた砂地を歩いていくと、埋まった陶器の高台を発見。蹴飛ばしてみたけど、少し動いただけで砂から出てこない。あれ、本体がある? そこで掘り出してみると、なんと緑二重線の国民食器湯呑み。しかも完品だ。


 

このタイプの湯呑みは3つめ。今回のものは高さ65ミリ、口径68ミリ。過去の2つのうち、旧海軍造船所近くで見つけたもの(写真左奥)は、高さ70ミリ、口径72ミリ、旧海軍航空技術廠近くで見つけたもの(写真右奥)は、高さ67ミリ、形が少し歪んでいるため、口径は長径70ミリ、短径68ミリだ。3つともほとんど同形なのだが、少しずつ差ができている。今回のものの特徴は、一番肉厚ということだ。縁の部分で測ると約5ミリもある。内側の底を見た感じからすると、それでも下部よりは薄く仕上げられてはいるようだ。側面の仕上げはやや荒く、ボツボツと釉薬の下に異物が入り込んで凸凹している。


 

高台の仕上がりも甘く、部分的にズレができている。その内側には統制番号などは刻まれていない。国民食器は、主に工場などの食堂で使われる量産食器で、昭和初期から作られ始め、戦後もしばらくは作られていたらしい。統制番号は経済統制がおこなわれた、昭和16年3月から終戦までの約4年間につけられていたので、今回のものはその前後のものと考えられる。作りに甘さが見られるのは、戦争によって熟練工がいなくなった戦後に作られたためとも考えられるが、昭和16年以前でも日中戦争の最中であり、材質・品質等の維持が難しかったとも考えられる。なんとも判断のしようがないけれど、この緑色の二重線が描かれた食器は、日本の歴史の証人であることに変わりはない。



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