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びーちこブログ・海辺で出会った拾いもの、アレコレ。。。
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爆弾海岸
    

三浦半島の先端あたりにある、とある海岸。人が訪れることもほとんどなさそうな静かなその海岸は、実はちょっと物騒な?海岸だった。砂浜を歩くと、あるある。其処ここに特徴のある丸みを帯びた陶片。そう、それはあの陶製手榴弾の欠片なのだ。夕暮れ前のほんの30分ばかりの間に、これだけ↑の爆弾陶片を拾うことができた。なぜ、こんな海岸に?と思うけれど、ここから少し離れた海岸には数年前まで第二次大戦中に使われた戦車の残骸もあった。戦後しばらく、この辺りには戦争に使われたものの廃棄工場があった…という話もある。あるいは、陶片はどれも波や砂に削られているので、海中投棄されたものが打ち上がっているのかもしれない。三浦半島には華やかな観光地だけでなく、砲台跡や塹壕などの戦争遺跡も多い。そこは暗い時代の影を感じさせる、そんな海岸だった。


    

陶製手榴弾は、昨年拾ったモノをブログでも紹介した。でも、実はもう1個見つけていたのだ。でも、それは写真↑を見てわかる通り内蓋?が付いている。さんざん悩んだ挙げ句に警察に通報し、県警から爆発物の専門家が来たり…ちょっと大変だった(結局、起爆用の雷管と若干の黒色火薬が残っていたようだ)。実物は押収されてしまったので、写真は通報前に撮したモノ(笑) なお、陶製手榴弾についてはりちょうけんさんのブログ記事をご覧ください。
コメント
from: 陶片狂   2008/04/09 11:47 PM
なんと凄いですねえ。この手榴弾容器の数!爆弾海岸の存在を知った時は驚きました。中身入りは怖いですが、破片となって転がっていると、夢中であるだけ拾ってしまいそうです。恐ろしい歴史の証人で、決して楽しいモノではないのですが、この破片は見たら残らず拾わずにはいられないでしょう。

警察に押収された超完品の手榴弾、持ち主が現れなければ、尚 nao.さんのモノにならないのかしら。アブナイ部分だけ取り除いた後なら、別に誰が持っていても良さそうな気がしませんか。中身入りだった陶製手榴弾、たとえアブナイもの除去の過程で粉々に割れていても、その破片返してくれてもいいのにね。でも、もしかして、そうゆうことを警察で主張したら、何かのリストに載っちゃったりするかしら?(^◇^)
from: 尚 nao.   2008/04/10 12:13 AM
陶片狂さん。

僕もここには驚きました!
三浦在住の人のブログを見ていて知ったのですが
まさか、こんなにたくさん落ちているとは思いませんでしたよ。
写真の中央のヤツのように、真っ二つの形をよく残した陶片もあります。

下の押収された手榴弾は、どうやら自衛隊に回されるような話でした。
県警の専門家さんはさすがに陶製手榴弾のこともよくご存じのようで
逆に、こんなものよく知ってるね〜と言われました(笑)
from: Shige   2008/04/10 12:28 AM
いやはや・・・なんとも。

実物まで拾えちゃうのだからすごいな。
雷管や火薬まで残っていたと言うのは、これが陶磁器でできていたからでしょうね。
金属なら錆びていたことでしょうに。

まだまだ第二次大戦の傷跡、残っていますね。
from: トバザクラ   2008/04/10 9:02 AM
爆弾海岸って衝撃的なタイトルにつられて訪れてしまいました笑
厚みのある陶器だと思ったら、陶製手榴弾だったのですね。
以前仕事の関係で戦争資料館に行った時に
こんな武器がたくさん置いてある中で見たような
気がします。
一式手投丸缶でしたっけ?
青酸ガスをガラス容器に詰めたものもありますよね。
ガラスに??ってびっくりした記憶が。
ガラスに火といえば、
アルコールランプしか知らないので、驚きでしたね。

瀬戸物の手榴弾は、
終戦後、捨てられた物を拾ってきて、
お花の一輪ざしとして利用していた話を聞いたことが
あります。

でもきっとその一輪ざしは、
今ある平和と戦争でなくなった方々への
追悼と鎮魂にもなるのでしょうね。

改めて、今の平和に感謝しますね。









from: 尚 nao.   2008/04/10 9:56 AM
Shigeさん。

コメントありがとうございます☆

三浦半島は、軍都・横須賀を抱えていたことや首都に近い関係もあり
戦争の痕跡が色濃く残っている場所でもあります。

追浜の日産テストコースは海軍追浜飛行場の跡地ですし
長井のソレイユの丘という観光施設は長井飛行場の跡地。
観音崎や猿島のほかにも、砲台山という名の山もありますし
本土決戦用に掘られたらしい塹壕が海岸に残っています。
横須賀、横浜方面は空襲で大きな被害を受けてもいます。

戦後70年近くを過ぎましたが、遠い過去のようで
実はまだまだ最近のことだったのだと実感させられます。
from: 尚 nao.   2008/04/10 10:03 AM
トバザクラさん。

陶製の手榴弾は、鉄などの金属が不足したために作られた代用品です。
ガラスを使った兵器も同じ意味合いのものでしょうね。
そんなことまでして…
当時の人はもちろん「国を守る」という気持ちでいたはずですが
見方を変えれば“狂気”とも言える気がします。


陶製の手榴弾。
前にこのブログでも試してみましたが、ほんと一輪挿しにピッタリ!
底が丸いので、置くための台が必要になりますけど、
とてもいい感じですよ☆
from: りちょうけん   2008/04/10 4:49 PM
見た感じ釉薬が外側にかかっていないタイプが多いようですがどうでしょう。
産地により形状・釉薬に違いがあります。有田は無釉に平底、瀬戸は施釉に丸底、信楽は施釉に平底に番号付きです。

中身入りようやく役目を終えて眠りにつけたようですね。尚さんともどもご苦労さまでした。
from: 尚 nao.   2008/04/11 12:52 AM
りちょうけんさん。

はい。
この海岸では釉薬無しの有田タイプが多かったようです。
釉薬付きの瀬戸タイプは2個だけでした。
まだ一度しか行っていないので詳しくはわかりませんが
信楽タイプは見ていません。

下の完品は別の海岸なんですが、まぁちょっとした騒ぎでした。
周囲10メートル立ち入り禁止で、あの黄色いテープを張ったりしてましたよ。
暑い日だったので警官さんがパトカーで休んでてくださいと言ってくれたのですが
それってなんか現場検証に連れてこられた犯人みたいじゃん!
野次馬の視線が痛かったです(爆)
from: mimi_daikon   2008/04/12 10:16 AM
何だか、陶片狂さんが鞆で見つけられるタヌキさんの欠片のようですね、こんなに沢山!どれかとどれかが合うような気がします。千葉も房総の方に要塞跡などありますが、こういうものは私はまだ見たことがありません。で、パトカーには乗られた(入った)のでしょうか・・・なかなかない機会ですが。
from: 尚 nao.   2008/04/12 11:28 AM
mimi_daikonさん。

陶製手榴弾は代用品ですから、やはり本土決戦用に用意されたのでは?
千葉は、特に富津周辺が要塞化され、今でも山中には縦横にトンネルが掘ってあるとか。
内房のあたりを探せば、陶製手榴弾の陶片も出てくる可能性がありますね。

パトカー乗りましたよ(笑) もちろん初めてでした。
ずっと前に救急車には乗ったことがあったので(←乗せられた?)
あとは消防車ですね!(爆)
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