hiroimono

びーちこブログ・海辺で出会った拾いもの、アレコレ。。。
<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
RECENT COMMENT
PROFILE
MOBILE
qrcode
ARCHIVES
 
踏んだらアカン(後編)
        
        

今月初め、三浦半島の某所海岸、しかも潮が引いた潮間帯の磯で見つけた陶製地雷。漂白洗浄を終え、表面にこびり付いた石灰質を削り取ってクリーニング。それでも海揚がりらしさを残すために、一部の付着物はそのままにした。この陶製地雷、正式名を三式地雷という。四式陶製手榴弾が、大戦末期の金属不足に対応した代用兵器であったのに対して、こちらは何割かは同じ理由があったとは思うが、基本的に連合国側が実用化をした磁気探知機に対応するため、非金属の陶製薬匡を採用したもの。この生産には、戦争のために事業継続が困難に直面した窯業組合が積極的に協力したという証言もある。直径は22センチ、高さはほぼ10センチ。全体に濃い赤茶色の釉薬がかけられ(1枚目の写真は焦げ茶色っぽく見えるが、これは撮影条件の差)、信管を取り付けた口の部分は素焼きのままである。底面はさすがに岩で擦られた傷が多数あるが、よく見ると目跡のような小さなポツ(凹)が確認できる。


             
             

陶製兵器については全国各地の窯業地が生産に関わったと言われ、陶製手榴弾ではさまざまな産地が確認されている。陶製地雷は信楽(滋賀県)と丹波(兵庫県)、備前(岡山県)などが確認できる。さて、今回の陶製地雷だが、発見時には底にある丸に「11」の番号(写真4)しか確認できなかったが、クリーニングした結果、側面下部に二重丸に「富」の印が確認できた。この印は、戦前の信楽地域でも大手窯元で、陶製地雷の生産に大きく関わっていた国富産業有限会社の印だ。立命館大学による関係者の聞き取り調査によれば、底面の数字は薬匡本体を作った担当者印で、側面の「富」印の横に仕上げ担当者の数字印が押されることもあったそうだ。また、信楽の他の窯元による生産品には、統制番号である「信」+数字が押されている。ちなみに、りちょうけんさんによれば丹波産と思われる陶製地雷には数字のみで産地印はなく、無印の産地不明のものもあるようだ。またネット上にある備前産のものには家電メーカーの日立の社章のような印が確認できる。


          
              

最後の2枚は、2007年に三浦半島の別の海岸で拾った四式陶製手榴弾と並べたもの。陶製手榴弾は、硫黄島と沖縄、レイテ島で実戦に使われたと思われ、他に鹿児島県や高知県の旧軍基地跡などから発見されている。一方、陶製地雷については戦後に硫黄島で実物が確認されていて、陶製手榴弾同様に実戦配備されていたはずだが、その他についてははっきりしない。ネットでは多数の写真が出てくるが、これは信楽などの産地で廃棄されたものを再発掘したか、火薬充填工場のあった埼玉県川越市で発掘されたものと思われる。戦後、国内配備されたものや窯元に残っていたものはGHQの命令で廃棄処分されたようだが、処分しきれなかったものなどが一部、湯たんぽとして出荷されたらしい。とはいえ、三浦半島で見つかったこの陶製地雷、軍施設が多く、本土決戦用の陣地が構築されていた地域事情を考えると、実戦配備され、戦後に廃棄されたものと見るのが妥当かもしれない。来年で戦後70年になろうとしている21世紀、平成の世でも、まだまだ戦争の爪痕は残っているのだと、今回改めて思い知らされた。



春一番が残したもの……海山日和
コメント
from: sato   2014/03/21 9:05 PM
戦争って本当に残酷なものだと思いますが、こうやって写真で見るだけでも
話として聞くより強いインパクトがあります。
とても貴重な資料になりますね〜。

from: 尚 nao.   2014/03/22 12:10 AM
satoさん。

本当に世の中のいろいろなものが戦争に巻き込まれていった、よい例ですよね。
統制陶器や代用品類もそうなんですが、やはり兵器となるとインパクトが強烈です。
こういうものを拾えるというのは、何かしら意味のあることだと思います。
ビーチコーミングから足を洗うときが来たら、拾った地元か県の博物館などに寄贈しようと思います。
from: 陶片狂   2014/03/22 7:03 AM
何日かPCを留守にしている間にすごいものが!製造元の刻印に担当者の数字なんてのもあるのですね。統制番号かと思いました。勉強になりました。手榴弾と比べてかなり大きなサイズなんですね。戦後、湯たんぽとして出荷とは。なるほど栓をすれば使えそう。骨董市で栓を付けた状態で出てこないかしら。骨董市の場合は湯たんぽの痕跡を注意してみます。
from: 渚の探偵:助手   2014/03/22 9:18 AM
歴史的には貴重な資料ですね!
しかし、窯業業界にとっては黒歴史的な一品かな。
そんな背景を知らなければ、素敵な花器に見えるのに・・・
きっと戦争のためじゃなく、花を生けるために使われたかったでしょうね。
from: 尚 nao.   2014/03/22 10:14 AM
陶片狂さん。

もう少しネタ温存しようかとも思ったのですが、一気に書いてアップしちゃいました(笑)
陶製地雷については立命館大学が調査をしていて、文中の聞き取り調査についてはネットに出ています。
担当者印についても、そこに書かれていました。
もちろんりちょうけんさんのブログもとっても参考になりました〜。
戦史や兵器については、研究者やマニアも多いですから、情報源がけっこうありますね。

戦後の使い方については、鳥の水飲み容器に使ったという話もあるようです。
りちょうけんさんが入手されているので、骨董市に出る可能性もあるのでは?
from: 尚 nao.   2014/03/22 10:21 AM
渚の探偵:助手さん。

今回の陶製地雷、本当に興味深いものでした。
海岸から出る古いものは、その正体がわからないものの方が圧倒的に多いのですが
今回は情報もネット上にたくさん出ていましたし、エンボス入り硝子壜より楽でしたね。
やはり戦史、兵器などは研究家やマニアが多いということと、陶製兵器という特殊性があるのでしょう。
ものとしては確かに花器に見えますね〜。
生け花なんかに使ったら、すごく素敵になりそうな感じがしますけど
自分にはそのセンスはなさそうなので残念です(笑)
from: tbs-hrk   2014/03/22 9:03 PM
随分と綺麗になりましたね〜&#9835;
美しいですけど、気分的には飾りずらいです(^^;;
本当に色々な物語が隠れている代物ですね。
from: 尚 nao.   2014/03/24 11:44 PM
tbs-hrkさん。

前編の写真で黒っぽいのがヌルヌルの藻類で、これは漂白で簡単に取れました。
石灰質は少し悩みましたけど、小さなナイフで削って、ある程度落としました。
花でも生ければ、けっこう様になるのでは…と思うのですが
狭いうちの部屋には、その状態でも飾るような場所がありません(苦笑)
from: Shige   2014/03/26 10:17 PM
ピッカピカになりましたね。
こうしたモノ、見つけて探っていくと、ホントにドラマが現れますね。
ワクワクして読ませていただきました。
ピ〜ス!
from: 尚 nao.   2014/03/27 12:01 AM
Shigeさん。

本当にビーチコーミングを通して、いろいろなドラマを体験できます。
まぁここまでいろいろ内容が詰まったレポートはなかなかできませんが
皆さんにも読んでいただけて嬉しく思ってます。
ありがとうございました。
from: richouken   2014/03/28 3:30 PM
これは代表的な会社名の地雷でしたね。どこかで展示する際は番号だけだろうが社章があろうが関係無いでしょうが説得力ではこちらの方が重いですね。

陶磁器界にとっては暗黒時代ともいわれる時代。こんな時代を作りださないためにも伝えていかなければと思います。
from: 尚 nao.   2014/03/29 12:05 AM
richoukenさん。

はい。ちょうどネットで資料を漁っていて、立命館大学の調査報告があって
ズバリそこに記されている会社のものだったので、驚きました。
見つけた時は付着物で見えず、統制番号なしかな?と思ったので
ちょっと嬉しかったですね。

統制陶器や日常代用品以上に重みのある、時代の証言者です。
大切にしていきたいと思います。
コメントする









 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.