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2012.10.13 Saturday

型紙摺のお茶碗

        
        

以前にこの記事でちらりとお見せしたお茶碗。その時の主役である膾皿と同じ、型紙刷りで絵付けされたものだ。型紙摺りは明治時代に技術が確立され主流となった技法だが、このお茶碗そのものは前回の膾皿同様に昭和初期に作られたものだろう。海ハケからの掘り出しもので、古そうな欠けたお茶碗が土から顔を出していたので同じ場所を掘ったところ、唯一完品で出てきた貴重なもの。ヒビすら入っていないのは奇跡といえる。


          

表側、模様の基本は微塵唐草。そこに雲のような縁取りの白窓があって、タイルのような四角枠の花文様。これって何文様というのだろう。内側は文様の縁取り(この文様の名前も忘れた…苦笑)、見込みの模様はこちらも前回の膾皿同様に、松竹梅ならぬ菊竹梅の円紋。おそらくは安い普段使いのお茶碗なのだろうけど、型紙のズレや擦れなどもほとんどなく、作りは比較的丁寧な感じがする。江戸時代までの自然顔料ではなく無機顔料(ベロ藍)を使った少し鮮やかな藍色だけど、白いご飯との相性はなかなか良さそうかもね。


          
コメント
型紙摺り茶碗も、こう無傷で出るのは珍しいですね。よほど運の強い茶碗だったのでしょう。内側の連続模様は瓔珞文です。型紙摺り茶碗には実に多いですけど、それだけこの模様が好まれたのでしょう。この茶碗のように印刷もあまりずれたりかすれたりしていなければレースのようで美しいです。

型紙摺りは昭和になっても一部で作られていましたが、これがそうなのかどうか私には判らないです。四国の砥部では他の産地が殆ど作らなくなってからも型紙摺りを作っていたようですけど、印刷がかなり雑な場合が多いのです。とっくに廃れたはずの蛇の目釉剥ぎがあったりして、初めて拾った時は驚きました。模様で判断はできないようですが、砥部の場合、あきらかによく作られた模様はあるようです。広島では時々出てきて、砥部タイプと仮に呼んで集めています。ただ、砥部以外の産地で、昭和に例外と言えない程度に作っていた場合があれば、私にはよく判らないです。
  • 陶片狂
  • 2012.10.16 Tuesday 07:55
陶片狂さん。

ご教授、ありがとうございました。瓔珞文、思い出しました。

この茶碗については本当に運が強いとしか言えないですね。
土の中に埋まっていたとは言え、他に3つほどあった茶碗は皆欠けていましたから。
どちらにしても欠けたりしていない状態で捨てられたのでしょうけれど
どういう理由なのかわかりませんが、もったいない〜という感じ(笑)

時代に関しては私にはよくわかりませんが、前の型紙摺りの皿で、
りちょうけんさんの高台の傷(窯傷)で昭和ものかわかるという話と
その手の皿が昭和でも大量に作られ北海道に持ち込まれていた…
というのらさんからの情報(のら通信)があったので
皿だけでなく茶碗が作られていてもおかしくないだろう…という当て推量です。
  • 尚 nao.
  • 2012.10.16 Tuesday 11:49
以前私も割れたものを拾ったことがあります。どこぞの地図ではないかという想像が捨てきれずにいます。攻撃する箇所が暗号でしるされているとか、いまだに見つかっていないお宝の場所だとか・・・。
  • mimi_daikon
  • 2012.10.17 Wednesday 11:26
mimi_daikonさん。

そうそう、mimiさんの記事で取り上げられたことを、よく覚えてます。
いったい何に由来する文様なんでしょうね。
微塵唐草と白色部を隔てるラインは明からに雲や霧のイメージだと思うのですが。
空から地上を俯瞰したような印象が強いです。
攻撃箇所というのは物騒ですが、お宝の地図だったらロマンありますね〜(笑)
  • 尚 nao.
  • 2012.10.17 Wednesday 12:55
摺り絵の茶碗がいつまで造られたかについてはまだよくわからないのが正直なところですが、なます皿が存在することを考えるとあってもおかしくは無いと思います。
摺り絵は瀬戸では製造されていないと言われています(窯跡からの出土が無いとのこと)ので、美濃の作でしょう。明治時代の作は(どの器種にも見られますが)とにかく文様で埋め尽くす傾向です。大正になって余白が生まれてくるとのこと。それとともにデザインを取り入れてきます。この茶碗もデザイン的に見れば、明治より大正・昭和とも見えますね。
茶碗と言う名称もまた問題がありまして…それは別問題ですので省きますが、形状もいろいろとあります。丸いもの、逆円錐形、反り返るもの、絵柄も京都風、九谷風など・・・。
質問の答えになってませんね。
基本的には高台内に傷ですが、有田などはそれも通用しません。形状とデザイン(絵柄)で判断するのと、ハケのあった場所でのほかの出土物などからの判断などですかねぇ。
研究はまだはじまったばかりです。
  • りちょうけん
  • 2012.10.19 Friday 22:33
りちょうけんさん。

いろいろとありがとうございます。
今回のは、例のセの番号入り筒型簡易容器の出たハケなんです。
他に出たものからしてもハケの時代は戦前昭和という感じですね。
(戦後にもしばらく使われて、今はたまにゴミを焼いたりしてますが)
高台には、前の膾皿のような目立った窯傷はなかったかと思います。

戦前昭和くらいだと、この手の型紙摺りのデザインは
レトロな感じでいいじゃん!みたいな感じで使われていたんでしょうかね(笑)
  • 尚 nao.
  • 2012.10.20 Saturday 00:40
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