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びーちこブログ・海辺で出会った拾いもの、アレコレ。。。
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セ538の陶製レート
            

今週の月曜日は大荒れの天気で、海岸には海藻をはじめ、いろいろなものが打ち上がった。ほとんどは貝やアメフラシ、ヒトデ、ナマコ、ウニ…と言った海の生きものだったけれど、その中にこんなものも打ち上がっていたよ。なんと陶製レートクレーム瓶の完品。前に拾ったのは2014年の春だから、3年ぶりの出会いだ。最近は陶片すら少ない鎌倉。こんなまともな状態の陶磁器を拾うのは、けっこう久しぶりじゃないかな。


         
         

しかも、今回は嬉しい統制番号入り。改めて説明する必要もないと思うけれど、この統制番号が入った陶磁器は、第二次大戦下で当局の統制下の元に作られたもの。陶製レートでは現在2カ所、岐阜県東濃地区の1カ所と愛知県瀬戸市の1カ所で作られていたことがわかっている。以前に岐阜県東濃地区の「岐720」は拾っていたが、今回のものは愛知県瀬戸市の「セ538」のものだった。世間的には「セ538」の方が出回っている印象があったのに、自分はやっとお目にかかれたという訳だ。もの的には、今まで拾っているものに比べ、ほんのわずかに小振りな印象を受ける。そして、口部分の成型は一番雑で、正円ではなく楕円になっているのが印象的だ。また、シール窓の部分に、製造時の器具の跡か、縦帯状にごくわずかな窪みがある。


              

レートクレームは戦前の超メジャー商品だっただけに出会う機会も多く、今まで陶製からガラス製まで、いろいろなものを拾っている。でも、今回この「セ538」を拾って、だいたいコンプリートできたかな(今まで拾ったレートクレームについては、ブログ内検索してみてね)。その分、同じレートでも、レートフードを除いた他の製品にはほとんど出会う機会がないのが何なんだけどね(笑)


鉄釉の子は鉄釉
       
       

今年の春に干潟で拾った陶製のクリーム系容器。地味〜な色彩だけれど、ひと目見て、その雰囲気からこれは古いぞ…と思った。ひっくり返してそこを見れば、案の定そこには統制番号。やったね! 大きさは外径が74ミリ、内径が58ミリ、高さ53ミリ。特徴は見ての通り、茶色、チョコレート色の外面。底は周縁部が少し高くなっていて、この接地部分と蓋の重なる部分は無釉、内面は白磁釉となっている。外面の茶色い釉薬は、鉄釉じゃないだろうか。鉄釉とは、鉄分を含んだ釉薬を使い、高い温度で焼成したもの…で良いのかな。このような綺麗なチョコレート色になるには、鉄分をかなり含んだ釉薬を使っていると考えられる。さて、容器の底に記された統制番号は「岐919」。「9」はちょっと図案化したような形をしている。この数字をバイブルの1つ、りちょうけんさんの「統制陶器図譜・岐のやきもの」で検索する。すると発見。そこには、まったく同じようなチョコレート色の肌をした鍋が3種類。今回の容器と違うのは、鍋は内側に釉薬がほどこされていること。これは火にかけるのだから、当たり前と言えば当たり前。それにしても、この窯元は大きな鍋から小さなクリーム容器まで、同じ鉄釉を施している。この鉄釉にちょっとしたこだわりをもった窯元だったのかもね。


          

新たな緑二重線湯飲み
        

「大昭和時代趣味」さんが骨董市で購入された国民食器を紹介していたので(11/9の記事)、ちょっとコラボってみよう。こちらは昨年の秋に海に近い陸ハケで拾ったもの。ハケと言っても既に造成されて、わずかに痕跡が残っている程度。でも、こんなものが出ちゃった。ちょっと見えにくいけれど縁に緑二重線がある、国民食器の湯飲みだ。


          
             

拾った時は泥にまみれていたけれど、泥を落とすと状態がすごく良い。しかも「岐500」の陶製番号入り! 久しぶりの国民食器、しかも完品。やった〜!と大喜びでお持ち帰り。ところが、家に帰ってきれいに洗ってからよく見てみると…なんと縁にごく小さな欠けが。が〜ん! ぬか喜びさせといて、これかよ? どうせなら、もっとしっかり欠けてろよ〜!! こういう惜しいのって、かなりショック受けるんだよね〜(苦笑)


          

          

今回の湯飲み、飲み口での直径は85ミリ、高さは50ミリ。外側に広げられた縁の部分は薄めに造形されていて、なかなか優美なシルエット。しかも全体の仕上がりも丁寧だ。国民食器の湯飲みは、これまでに2タイプ3個を拾っているが、その2タイプとも厚手でデザインも無骨な感じで、並べて見ると雰囲気はかなり異なる。ちょっと高級な感じもする。これまで拾ってきた2タイプは、どちらかと言えば、より大量生産向きのデザインに感じられる。写真で並べている円筒タイプの湯飲みは同じ「岐」の統制陶器で番号違い、つまり窯元が違うのだけど、国民食器のデザインというのは窯元オリジナルだったのか、出荷先などの要望、あるいは出荷先を意識したものだったのか、ちょっと興味深いね。



秋の最後の花園を見逃すな!……海山日和
白い花咲く海岸で
        
        
        

GWの連休明け、神奈川の稀少植物スナビキソウを見に行ってきた。実はその海岸、例の爆弾海岸なのだ。近年、専門家による調査が入って相当数の資料を採集しているので、2年ぶりに訪れた印象では“もの”が少ない…というよりほとんどないような印象を受けた。写真で紹介したような陶製手榴弾の弾体破片がいくつかは転がっていたけれど、点数は10点にも満たない数だった。ただここは戦後あるいは終戦直後くらいにまとまって陶製兵器類が廃棄された場所と考えられ、海が荒れた後などにはまた複数の破片が出てくる可能性がある。僕の場合、既に資料として何点か持ち帰っているので、今回は現場写真3枚目の1点、今まで採集していないタイプのみを持ち帰った。ちなみに1枚目は有田系、2枚目は瀬戸系の破片だ。


          
          

家にある資料を見てみよう。まず有田系。この海岸では一番数が出ているタイプで、他のタイプに比べて圧倒的に多い。基本的に白く、外側は無釉、内側のみ透明の釉薬を使っている。陶製手榴弾は上下を別々にロクロで成形して接着しているが、有田系は大きな破片が出るので、内側にある接着痕もよくわかる。


          
          

次は左が瀬戸系。瀬戸系は白っぽい土で、内側が透明釉、外側に黒または焦げ茶の釉薬を使うので区別しやすい。この海岸では有田系に継いで出るものだ。そして右が今回拾ってきた産地不明のもの。外側は無釉に見えるが摩耗によって釉が剥げた可能性もある。内側は茶色い釉薬がかけられている。内側に茶色釉を使うのは信楽産で見られる特徴だけど、土の質感はちょっと違うような気もする。このタイプは海岸から出る数はかなり少ない。
MASTER
        

ウテナの陶製瓶を紹介したところで、陶製瓶でもう一ネタ。ウテナを出したら、こちらも出さずにはいられないのだ。ウテナの陶製瓶にどこか似ているけれど、ウテナよりも少しずんぐりとしたデザインで、底の縁に段があるのが特徴の陶製瓶。底に統制番号はないけれど、「MASTER」のエンボス文字。最初の「M」と最後の「R」の一辺を長く伸ばした、少しデザイン化された文字だ。大きさは、大が高さ61ミリ、底の直径46ミリ、小が高さ50ミリ、底の直径36ミリ。この瓶の正体はなかなかわからなかったけれど、どうやらマスター化粧品のマスターバニシングクリームのものらしい。ズバリの画像はないものの、フォルムのよく似たコバルトブルーの硝子瓶タイプと、不透明硝子瓶タイプの写真が、ネットに載っているのを発見。その瓶のラベルにマスター化粧品という会社名があったのだ。


          

マスター化粧品は、戦前の著名な婦人運動家、美容家で、また歌人でもあった小口みち子と、その夫で日活の映画脚本家だった小口忠が始めたもの。小口みち子は、美顔技術師、今で言うエステティシャンの修行を積み、自ら美容室を経営する傍ら、化粧品メーカーの桃谷順天館の顧問などでも活躍。化粧品の製造販売も早くから始めていたらしく、それが発展してマスター化粧品になったようだ。また、マスター化粧品の発売元としては「尚美堂」の名前が使われていて、そちらで戦前の広告などを載せた書籍に商品が紹介されていたりもする。あるいは、尚美堂は小口みち子が経営していた美容室の名前だったのかもしれない。著名な夫婦の会社であり、新聞広告なども出していたようで、戦前ではそこそこのシェアを占めていたらしい。戦後もしばらくは存続していたようなのだが、その割りには現在ではあまり資料が残っていない。



utena / k-691
        

またまた、この春の干潟歩きからの一品。ウテナの陶製瓶大。しかも念願の統制番号入りが出た。写真中央の大きいのがそれで、両隣は以前に拾っていた同じウテナ陶製瓶の小。大きさは、大が高さ65ミリ、底の直径46ミリ。小が高さ52ミリ、底の直径40ミリ。ウテナの陶製瓶は、けっこうびーちこ仲間さんたちも拾われていて、統制番号入りがあるのも知っていた。これまで拾っていた小瓶には統制番号がなかったので、やっと拾えたという訳だ。瓶の底、中央にはウテナの文字をクローバーの葉のように図案化したマークが刻まれている。 *ちなみに、以前拾った硝子瓶タイプはこれ


              

ウテナは、現在も基礎化粧品メーカーとして確たる地位を築いている会社。その前身である久保政吉商店が創業したのは1927(昭和2)年(ウテナHPによれば、化粧品第一号の「ウテナ液」を発売したのは1923(大正12)年)。この陶製瓶は、形からすると創業の年から順次発売していった主力商品のうちの「ウテナバニシングクリーム」のものと思われる。商品はその特徴や使い方ごとに、雪・月・花の印で体系化されていて、バニシングクリームは雪印だった。


          

さて、今回拾った陶製瓶大には、「岐691」の統制番号がエンボスではなく、釉薬を使ってつけられている。これが、びーちこ仲間のむれ子さんが拾ったものだと、なんと番号が違う。また陶片狂さんがフリーマーケットで購入したものは番号が違うだけでなく、エンボス表記の上、さらに容器流用と思われるものだ。今回と同じ統制番号はないかと、richoukenさんのブログを探れば、ライバルメーカーの化粧品瓶が出てくる始末。このあたりも、なんともおもしろい(笑)


干潟からフランスの香り
        

これも春の干潟歩きでの一品。写真中央のものがそれで、完品としては3個目(少し欠けたのを入れたら4個目)の陶製レートクレーム瓶。統制番号はないので、昭和16年以前に作られたものと思われる。右側のものに付いている蓋は、まったく単独で拾ったもので、左右のものにはピッタリではないものの、とりあえず填る。でも、今回のものには、サイズが合わず填らない。きっと同じ産地、同じ窯で作った蓋じゃないと合わないんだろうね。現代とは違う、こんな“緩さ”がまた魅力の1つでもある。しかし、これはこれで嬉しい拾いものなんだけど、さすがに3個目となると感動も薄い。なかなか新しいもの、初見のものには出会えないのだよね〜。ちなみに、ちょっと大袈裟なタイトルは、レートクレームの名前がフランス語であることに引っかけたもの。レートクレームは、日本で初めてフランス語の化粧品名をつけた商品だそうだ。



5/3追記あり




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踏んだらアカン(後編)
        
        

今月初め、三浦半島の某所海岸、しかも潮が引いた潮間帯の磯で見つけた陶製地雷。漂白洗浄を終え、表面にこびり付いた石灰質を削り取ってクリーニング。それでも海揚がりらしさを残すために、一部の付着物はそのままにした。この陶製地雷、正式名を三式地雷という。四式陶製手榴弾が、大戦末期の金属不足に対応した代用兵器であったのに対して、こちらは何割かは同じ理由があったとは思うが、基本的に連合国側が実用化をした磁気探知機に対応するため、非金属の陶製薬匡を採用したもの。この生産には、戦争のために事業継続が困難に直面した窯業組合が積極的に協力したという証言もある。直径は22センチ、高さはほぼ10センチ。全体に濃い赤茶色の釉薬がかけられ(1枚目の写真は焦げ茶色っぽく見えるが、これは撮影条件の差)、信管を取り付けた口の部分は素焼きのままである。底面はさすがに岩で擦られた傷が多数あるが、よく見ると目跡のような小さなポツ(凹)が確認できる。


             
             

陶製兵器については全国各地の窯業地が生産に関わったと言われ、陶製手榴弾ではさまざまな産地が確認されている。陶製地雷は信楽(滋賀県)と丹波(兵庫県)、備前(岡山県)などが確認できる。さて、今回の陶製地雷だが、発見時には底にある丸に「11」の番号(写真4)しか確認できなかったが、クリーニングした結果、側面下部に二重丸に「富」の印が確認できた。この印は、戦前の信楽地域でも大手窯元で、陶製地雷の生産に大きく関わっていた国富産業有限会社の印だ。立命館大学による関係者の聞き取り調査によれば、底面の数字は薬匡本体を作った担当者印で、側面の「富」印の横に仕上げ担当者の数字印が押されることもあったそうだ。また、信楽の他の窯元による生産品には、統制番号である「信」+数字が押されている。ちなみに、りちょうけんさんによれば丹波産と思われる陶製地雷には数字のみで産地印はなく、無印の産地不明のものもあるようだ。またネット上にある備前産のものには家電メーカーの日立の社章のような印が確認できる。


          
              

最後の2枚は、2007年に三浦半島の別の海岸で拾った四式陶製手榴弾と並べたもの。陶製手榴弾は、硫黄島と沖縄、レイテ島で実戦に使われたと思われ、他に鹿児島県や高知県の旧軍基地跡などから発見されている。一方、陶製地雷については戦後に硫黄島で実物が確認されていて、陶製手榴弾同様に実戦配備されていたはずだが、その他についてははっきりしない。ネットでは多数の写真が出てくるが、これは信楽などの産地で廃棄されたものを再発掘したか、火薬充填工場のあった埼玉県川越市で発掘されたものと思われる。戦後、国内配備されたものや窯元に残っていたものはGHQの命令で廃棄処分されたようだが、処分しきれなかったものなどが一部、湯たんぽとして出荷されたらしい。とはいえ、三浦半島で見つかったこの陶製地雷、軍施設が多く、本土決戦用の陣地が構築されていた地域事情を考えると、実戦配備され、戦後に廃棄されたものと見るのが妥当かもしれない。来年で戦後70年になろうとしている21世紀、平成の世でも、まだまだ戦争の爪痕は残っているのだと、今回改めて思い知らされた。



春一番が残したもの……海山日和
踏んだらアカン(前編)
            

今から約1年半前、残暑の厳しい9月初頭の三浦半島某海岸で撮った1枚の写真。そこに写る3つの陶片のうち、左側の白い2つは、以前にここでも紹介したことのある陶製手榴弾(第二次大戦末期に作られた代用兵器で、正式名は四式陶製手榴弾)の破片だ。そして右側にある赤茶色の破片。一見するとちょっと立派な植木鉢か、大型の鉢や甕の破片に思えるこれは、陶製地雷の破片なのだ。なぜそれがわかったかというと、ちょうどこの写真が撮影された日から遡ること約1ヶ月。いつもお世話になっている統制陶器の研究家りちょうけんさんが、ブログで陶製地雷をアップされていたからだ。そして、今回はこの陶製地雷がテーマ。時間を元に戻して、今月頭。三浦半島の某所…。


               
          

その日は、大潮後の中潮で、日中の干潮時はまだ潮がよく引いていた。そこで海藻の観察とFDのタカラガイ探しで磯に繰り出し、写真2〜3枚目のものを“発見”した。発見を括弧書きにしたのは、実はこのものは今回初めて、文字通り発見したのではなく、以前より認識していたからだ。何しろその場所は、今まで何年も、そして1年に何度も磯の観察に訪れていた場所。確かに、このもののおぼろげな記憶がある。ただ、よく焼酎やお酢を入れる円筒形の甕の破片だと思っていて、また小さなもの好きなこともあって無意識にスルーしていたのだ。ところが、その日はなぜか手に取って見てみようという気持ちになった。もしかして…という気持ちもあったけれど、まだ半信半疑。で、とりあえず写真をパチリ。


               

その時は買い物ついでということもあり、買い物を済ませて帰宅。そして、早速調べてみると、ほぼ間違いないだろうという結論に到った。ただ、発見場所は満潮になれば海面下になってしまう(最後の写真が発見場所近くの磯。満潮時には見えている岩礁もほぼ水没する)。翌日の干潮を待つ手もあったけれど、翌日はかなりの降水確率で雨予報。ものの正体が判明して気も急いていたし、真夜中の干潮時に出かけて回収してきた(笑)その場所は夜の磯観察にも使う場所なので個人的には慣れているのだけど、観察道具を持たず(一応、カメラは持っていったけど)大きめのビニール袋に重そうなものを入れている様子は、すっごく密漁っぽい。しかも、昨年11月には三浦半島の相模湾側で、密輸受け渡しに失敗したらしい大量のコカインが漂着するという事件も起きている。いやマジで職務質問されたらどうしよう…と思ったよ(笑)回収したものには、ヌルヌル系や石灰系の藻類が付着していたので、漂白洗浄。大き過ぎて、キャンプ用のクーラーボックスを引っ張り出してきて使うほどだった。 (つづく)


          


こちらはほのぼのと……海山日和
帽子が似合わない。
            

なんて個人的なことを吐露しなくてもいいのだけど(苦笑)、本日のネタは陶製の帽子掛け。一般的には金属で作られているもので、これはいわゆる代用品になる。とはいえ、作られていた時代はけっこう長かったようで、海岸からもよく出てくるものだ。多いのは白磁のツルッとしたシンプルなもので、破片も多いけれど完品を見つけることもたやすいと思う。ただ、あまりに普通なんで、実物を拾うどころか写真すら撮っていなかった…。で、うちにあるのは装飾が凝ったもの2つ。上の白磁のものは、型押しでツタの葉のようなものが施されている。下のは緑の色がつけられていて、デザイン的にはギリシャ風?で、全体が植物を模したものらしい。しかし時代背景のせいか、こうしたデザイン性のあるもの少ないようだ。陶器製は温かみを感じるし、使う場所や製品デザインによっては今でも需要がありそうだけど、どうなんだろう? ちなみに、この代用品としての帽子掛けには、りちょうけんさんのブログで紹介されているように、統制番号入りのものがある。気に掛けてはいるのだけど、未だに海岸では出会えない。


          


まだまだ寒いですね……海山日和

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