hiroimono

びーちこブログ・海辺で出会った拾いもの、アレコレ。。。
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日の丸印判
         
          

もういくつ寝ると、お正月?♪ 最近はお正月も様変わり。門松を見るのも珍しくなっているし、昔のような大きなお飾りを買う人も減っているらしい。あまり見なくなったと言えば、玄関先に国旗を掲揚する家もほとんど見なくなった。まあ、自分はかなり面倒臭がりの方なので、積極的にやることはないだろうとは思うものの、子供のころによく見ていた風景が消えていくのは、ちょっと寂しい感じがする。こんなことを思うのは歳を取った証拠なのかもしれないけれどね(笑) さて今回は前振りに出てきた国旗、つまり日の丸柄の印判皿。


           
           

拾ったのは3年前で、台風後の千葉。実はこの手の印判皿は2枚目で、今度も完品か!と思ったら、座念ながら小さな削げ欠けが1カ所あった(泣) それにしても、1枚目(これは地元で拾ったもの)と比べると、この2枚目はとっても出来が悪い。1枚目も印判のズレがあったりして、けっしてよい出来ではなかったけれど、今回のものはそれに輪をかけて悪い(笑) 見込み部分など、染料が滲んでほとんど絵が潰れてしまっている。おそらく、相当に使い回した印判を用いたか、雑な大量生産を繰り返した結果だと思う。けれど、この時代のものはこの“甘さ”がひとつの味わいでもある。それに、絵柄が変だって使えれば問題ない…という強かさも、見習う部分が多い気がするね(笑)


さて、今回が2016年の最後の更新になります。今年はこの「hiroimono」あまり更新できずにスミマセンでした。来年はビーチコーミングに精進して、おもしろい記事を更新できればと思います。また例によって年末年始はネット断ちしておりますので、コメントへのレスが滞りますこと、ご了承ください。それでは、よいお年をお迎えください。
気になる陶片…近代編
         

今年の早春、中国青磁を狙って鎌倉の海岸を歩いたときの副産物たち。最初のものは、見つけた瞬間「あっ、これはどこかで見たことが…」と思った。おそらく戦前もの。なので右書きで「シントーレ」だ。ところが検索しても何もヒットしない。そこで、この手のものを見た記憶があるなら、それはきっとりちょうけんさんのところか陶片狂さんのところだと当たりをつけて探してみる。するとありました! 見つからないはずだよね。名前は「シントール」だもの(笑) この正体は巴布薬…湿布をする時に塗る薬剤らしい。蓋の絵は戦前の日本の領土や勢力範囲を描いていているというものだ。これは蓋だけでもぜひ完品を拾いたいものだね。


         

次は、写真を見ただけで製造元というか何の関連か、わかった人もいると思う。これはキリンレモンのノベルティ灰皿の欠片だ。本来なら権利関係などもあるのでこういうことはしないのだけど、もうネット検索しても画像が出てこないので、かつてオークションに出品されたらしいものの写真を載せておこう。今年の春時点でも、写真はこの1点しか見つからなかった。キリンレモンの発売開始は1928(昭和3)年。この灰皿が作られたのも、側面にある「清涼飲料」の文字が右書きだし、資料の乏しさから考えても、戦前のもので間違いないだろう。


                

最後に紹介するのは、陶製容器の蓋。


          

          

中央のエンボスを見てみると、花椿のマーク。つまりこれは資生堂の商品だったことがわかる。しかし、資生堂の容器は大手企業の割には資料が少ない。陶製なのだから戦時代用品というのがまず頭に浮かぶが、それに該当するような商品容器は見つかっていない。資生堂と言えば昔、糊瓶みたいなグリーン硝子の広口瓶で花椿マーク入りのを見つけたこともあるが、それも正体不明だった(肝心の瓶は、中にピッタリはまった石を取り除こうとしたら、パックリ割れちゃったけどね 泣)。



秋も花尽くし。センブリ咲いてます……海山日和
満州独立守備隊の杯
       

もうすぐ終戦記念日。さらに今年は終戦後70周年ということもあり、また安保法制の喧喧諤々などもあって、いろいろと話題にもなっている。まあそのあたりの話を当ブログでするつもりはないのだけれど、せっかくなので今回はあの時代に直接関連するものをアップしようと思う。ものは4〜5年前に拾ったもので、海岸ではなく里山の人家周辺に落ちていたもの。兵役を満期除隊した際に記念品として知人に配るための品、いわゆる兵隊杯(兵隊盃)と言われるものだ。


         

兵隊杯については、このブログでも過去にいくつか陶片などを紹介している(これとかこれ)。今回の絵柄は日章旗と見慣れない国旗が描かれたものだが、その下に書かれた部隊名で正体がなにかすぐにわかる。左側に描かれた少し派手目な国旗は満州国旗だ。ちょうど、richoukenさんが同じ満州国関連の兵隊杯をアップされていたのでコラボしてみた。盃には2か国の国旗の上に、小銃を2丁重ねたマーク、おそらく部隊章と思われるものが描かれ、上に「記念」、下に「満州独立守備隊」の文字、そして左右に和歌のようなものが上の句と下の句に分けて書かれている。


          
          
          

さて、その左右に書かれた歌だが、変体仮名も使われていて今ひとつ自信を持って判読できないのだけど、およそ次のような感じだと思う。「満蒙の我権益を守備終わり 今日ぞ故郷の春に逢●●」。言ってみれば「お勤めを終えて、やっと故郷に帰れるぞ!」って内容だ。問題は最後の2文字。変体仮名に照らし合わすと上の字は「か」(可の変形)に見え、下の字は「こ」(古の変形)に読めるのだが、「逢」の送りとしてはピッタリこない。どなたかご教授いただければと思う。



暑くったって花は咲く!……海山日和
久々くらわんか
            

先月の初めごろ、春から少し季節が巻き戻ったかのように北寄りの風が吹き、一時的に材木座海岸の砂が流出した。その雰囲気はいいものが出た10年近く前とどこか似た状況。この春は青磁片狙いで歩いていたのだけど、もしかして…の期待感があった。そんな時に出会ったのが、鎌倉では相当久しぶりのくらわんか碗。これだけの大きさの陶片が出るのは、ここ最近では奇跡的だ。と言っても残っているのは高台を中心とした部分だけだけどね。せめて一部でも縁まで残っていたらすごかったけど。文様は一番ありふれた草木文(だが、それがいい!)。高台にはよくわらかない文様が入っているが、見込みには文様がない。下の写真はその後日に出た江戸ものの陶片。かなり深めの皿だが、膾皿の範疇に入るものか。2分の1弱の大きさはやはり奇跡的。外側はシンプルな草木文。内側は縁と見込みの周りに二重線。見込みには重ね焼きの跡が残っていた。残念ながら砂の流出はほんのわずかな期間だけで、再び南風が吹き出したらあっと言う間に元に戻ってしまった。手にしたのは今回の江戸陶片2つと、少し前に紹介した染色体文様の湯飲み片、そしてもう1つ…それは次のネタで(笑)


          


ウミウシたくさん!……海山日和
染色体文様
        

最近お知り合いになった「大昭和時代趣味」さんのところで、染色体文様の湯飲みが紹介されていた。実は今月初めにこちらでも拾っていたのでコラボしてみよう。主に幕末から明治頃に流行ったらしいのだが、何をモチーフにしたのかはっきりしないこの文様、その形からビーチコーマー仲間の間では「染色体」と呼ばれている。僕ももう何年も昔に鎌倉で完品を1つ拾っているのだけど、未だにちらほら出ているようだ。前の1個を拾った時はまだ陶磁器の知識に乏しく、完品で上がるくらいだからどうせ新しいものだろう…などと思い、2回くらい見かけてもスルーしていた。それが今となっては大きな後悔で(笑)、欠片ではなく完品にまた出会わないかな〜と思っていたのだ。


          

やっとであった2個目の染色体文様の湯飲み。砂の中に埋もれて高台だけ見えていたのを、ほじくり返した。まあ結果から言えば、最後の写真の通り割れていて、完品ではなかったのだけどね(泣) 今回のものは前回のものとほぼ同じで、口の径は83ミリ。染色体文様のパターンや見込みの文様、口縁が臙脂色で縁取られることも同じだ。違うのは、今回のものは全体に細かい貫入が目立つということくらい。う〜ん…それにしても惜しかった。キターッ!と思ったんだけどね(笑)それにしても、この文様は各地で見つかっているようだし、相当に幅広く普及、使用されたものなんだね。


          


えっ、神奈川で?……海山日和
銅版転写の湯飲み
       

今回は湯飲み茶碗2つ。どちらも大正〜昭和初期に多く作られた銅版転写の絵付けタイプだ。まず最初のは墨絵を思わせるようなやや青みがかった墨色で、木々を背景にした鹿の姿が描かれている。木は広葉樹なのか針葉樹なのかよくわからない感じだけど、深山に鳴く鹿の雰囲気がよく表現されている。ちょっと花札風でもある。縁が何カ所か欠けてはいるものの状態もまあまあ。仕舞い込んでしまったのでサイズは測っていないけど、通常の湯飲み茶碗よりも少し小振りだ。


         

2つめも上と同様で少し小振りの湯飲み茶碗。特徴なのは多色刷りをしているところだ。ただ多色刷りしていると言えば手が込んでいると思われがちだが、これはもう焼き上がりがとても悪い。釉薬が均等に付いていないようだし、他のものとくっつきそうになっていたのかもしれない。とにかく売り物にするには出来が悪すぎる代物だ。でも昔はそんなものでも流通したんだよね。まあ通常より安価で出ていれば買う人はいるだろうけど…。絵柄は、菊の花に竹、松、四阿のようなものも見える。状態も良好。それにしても、これら2つを拾ったのはもう10年近く前で場所は鎌倉だったと思うけど、その頃はこういうのがよく出たんだよね〜。最近はサッパリ。大きめの陶片すら見ることが少ない感じだ。ただ、たまに染色体文様の湯飲みとか拾われている人がいるので、単に自分に運がないだけかもしれないけどね(笑)



春だから…更新しますよ……海山日和
雷紋青磁
       
        

少し前に、徳島のとーまさんがなかなか質の良さそうな青磁陶片を紹介されていた。そういえばうちにもあったな…ということで、少々遅くなったけれどコラボしてみよう。もの自体は確か2011年くらいに拾ったもの。近年は質のいい陶片は滅多に見なくなったし、まして青磁ともなるとかなりレア。これはひと目見ただけでお持ち帰り決定の一品だった。全体の雰囲気から江戸もので間違いなし。陶片の大きさは測り忘れ(押し入れにしまい込んでしまったので)だが、長径で約10センチ強というところ。ものは膾皿だろう。タイトルの通り、内側に雷文も囲みがあり、欠けてしまっているが見込みには五弁花、縁には植物文様が描かれていたようだ。青磁釉がかけられているのは外側側面のみで、底は内側と同じような淡いクリーム色の仕上がり。高台に「富」と「長」の文字が読み取れるが、これは江戸陶片によく使われる「富貴長春」の語句だ。染付の膾皿の欠片はたまに見かける。でも、それらと比べてもこれは、元々はけっこう良い品だったと思う。


             
たんころ(明かりを灯して2)
        

hiroimono、2015年最初の更新です。本年もよろしくお願いいたします。
さて、今回のものは昨年の晩秋くらいに拾ったもの。海岸の砂の中に底を上に向けた状態で埋まっていた。見えていたのは底の一部だったけど、その雰囲気から「これは灯明皿かも?」と思い、すぐに掘り出した。すると砂の中からコロンと出てきたのは、何やら灯明皿とは違うもの。いや、でも灯明皿に通ずるような感じもあるし、これネットか何かで写真を見たことあるぞ〜? ということで、帰って調べてみると…判明したその正体は「たんころ」。これも灯明の一種だ。


        

たんころは別名「ひょうそく」とも言い、灯明皿から発展した道具と言える。皿部分に油を入れ灯心を浸して火を灯すのは灯明皿と同じだが、たんころでは中央にある突起に灯心を通して、そこで火を灯すのだ。形には今回のもののような深皿形のほか、皿の下に台のついたものなどもある。今回のものの大きさは、直径が60ミリ、高さが30ミリで、比較的小さめのものと思う。全体に鉄釉がかけられていて、底の部分は無釉だ。また皿の内側にも釉の剥げた部分がある(作りが雑なため?)。たんころがどのくらいの時代から使われていたのかは、よくわからない。今回のものは作りの感じからそう古いものとは思えないいものの、そもそも灯明そのものを使っていたのは電気が普及する以前だろうから、少なくとも昭和初期くらいまでは遡れるのではないだろうかと思う。まあ確実な根拠はなにもないのだけどね。ちなみに鎌倉の海岸に精通したzaimokuza77さんも、よく似たものを拾われている。


          

始まったばかりの2015年、灯明が灯す火のように、ほんのりと明るく、そして温かい出来事がいっぱいあるといいね。
日本の陶器製兵器
        
        

今週の月曜日、12月8日は太平洋戦争の開戦日。神奈川の海岸を歩いていると、その戦争の遺構や遺物に出会うことが多い。その遺物については過去にこのブログでも何度か紹介しているし、今年の3月に拾った陶製地雷の記事を覚えている方もいるだろう。実は、その記憶も新しい5月には、また別の海岸で陶製手榴弾を拾っていたのだ。地元の海岸で陶製手榴弾を拾うのはこれで3度目。写真を見るとわかる通り、石灰藻や海藻(緑藻のヒトエグサか?)に覆われているけれど、不自然に丸いので水中にあっても石との区別はついた(写真上は発見場所から移動させているし、発見時は泥も被っていた)。ものは有田産の表面無釉タイプで、大きさはソフトボールよりやや小さいくらい。そして今回もゴム製の信管付きだった。悩んだけれども仕方がないので、今回も警察に提出して処分してもらうことに。結局、今まで拾った3個のうち、最初の1個以外は所有できず。有田産には縁がない…というか、ちゃんと処理してから廃棄してくれ〜。


          

そんなこともあり、以前から気になっていたこれらの本を入手した。地元でビーチコーミングを続ける以上、旧軍遺物にはこれからも出会うことがあるだろうし、また地元に関連があるからこそ意識して拾っていきたいとも思い、しっかり勉強もしておこうと思ったのだ。旧軍関連については詳しく調べられている研究者やマニアも多く、いろいろな論文や出版物等があるけれど、陶器製兵器についてここまで詳しく紹介したものは、他に皆無だろう。これらの入手に際してはrichouken04さんと著者の1人であるY氏に大変お世話になったので、ここで改めて御礼申し上げます。



餃子は好きですか?……海山日和
菊紋の湯飲み
            
         

今日は陸もの。姉妹ブログの海山日和によく出てくる里山散歩コースで、この春に拾ったもの。民家近くの土手にぽろっと落ちていたものだ。茶碗の半欠け、ほぼ2分の1の大きさで、高さ56ミリ、径70ミリ。パッと見て、呉須の色合いから江戸ものとわかったし、これだけの大きさの陶片に出会えるのは滅多にない。しかもこの形。半筒という形だと思うのだけど、江戸ものでこの形って、それほど多くないのでは? 少なくともフィールドで見たのは初めてだ。外側の文様は、典型的な菊紋と、菱形紋に格子(?)。おそらく4分割して対称の位置が同じ文様だったのだろう。底側の面には簡略化された植物紋らしきものが描かれている。内側は格子紋の縁取りで、見込みに五弁花(っぽいもの)。最近は保管場所の問題もあって陶片はあまり拾わないのだけど、こういう江戸陶片なら文句なしでお持ち帰りだよね。



山で白熊……海山日和

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