陶製のおはじき?
たった1個だけ拾っている、円くって小さくって「さ」…なもの。大きさは普通のおはじきとほぼ同じ。お友達のmimi_daikonさんが畑でよく拾われている泥めんこにも似ているけど、しっかりと焼き固められている陶製だ。これってもしかしたら陶製おはじきなのかな? 戦時中やその間近の頃は、ガラスが不足して陶製のおはじきが作られたことは知っているのだけど、自分の見ている資料が少なくて詳しいことがわからない。みなさんの中で、これと同じ(似た)ものを拾われた方はいますか? なにかご存じの方、または別の推理をお考えの人がいらしたら、ぜひ教えてください☆
若草色の目薬壜
綺麗なライトグリーンのガラスを使った両口式目薬壜。ほかの目薬壜にはない色で、とっても綺麗☆ 去年から今年にかけて、ポツリポツリと拾えたもので、僕の持っている目薬壜の中では割りと新参者。右のプラキャップ付きのは今年の初夏に拾ったものだ。この目薬、歪みも少なく気泡もなく、とても整った作りをしている。プラキャップ式であることから考えても、昭和30年代のものだろう。実はこれ、とある骨董系のサイトで大正製薬の目薬壜として紹介されていた。そこで、大正製薬のHPを見てみると、看板商品の1つであるアイリス目薬が昭和32年(1957年)に発売されている。ということは、この目薬壜もアイリス目薬とみて間違いないだろう。この目薬、テレビCMの「アイ、アイ、アイリス〜♪」というコピーをよく覚えている(笑) ちなみに大正製薬は、その名の通り大正元年(1912年)の創業。シンボルの鷲のマークは昭和30年(1955年)から採用されている。
菊紋の陶片

この秋は姉妹ブログの「海山日和」で、野菊をいくつか取り上げてみた。日本には数多くの野菊が分布し、そこからまた多くの園芸品種が生み出されている。菊は日本人にとってもっとも馴染みのある花の1つだろう。そんな存在だから、菊は陶片の上でも花を咲かせている。今回は染付の菊紋をいくつか並べてみた。上の2つはおそらく江戸もの。右は筒型碗、左は湯飲みにしては小さく、ぐい飲みにしては大きい感じの碗(笑) 下のはやや大きめの皿で、伝統的な文様だけど呉須が鮮やかなので明治以降のものかも。最近は保管場所の都合などもあって、陶片は拾うものをかなり厳選しているのだけど、上の2つはビビッと来た(笑) 力のある文様、存在感のある陶片ってあるんだよね〜☆

SLN インク

びっきさんやあかずきんさんのところでインキ瓶が紹介されていたので、こちらでも便乗(笑) 今までこのブログでは丸善のインキ瓶や篠崎ライトインキを紹介したけれど、今回は1点もの。このインキ瓶、見ての通りとっても状態がいい。もちろん海岸で拾ったものなんだけど、拾ったときにコルク栓もまだ残っていた(実は黒く影に写っているのがそれ)。底には「SLN」のエンボスがある。これをヒントにちょっと調べてみたけれど、メーカーなどは一切わからなかった。形としては典型的な古いタイプのインキ瓶だけど、よく見てみるとちょっとずつデザインが違っている。インキ瓶もいくつか集まってきたので、並べて見比べるのがちょっと楽しいのだ☆

細点六毛彫貝
貝殻拾いで久しぶりにゾクゾク興奮した!(笑) 9月後半の大潮、いつものようにガラス壜と陶片狙いのポイントへ。でも、特に成果も得られなかったので、刺し網漁の船着き場に落ちていたキサンゴの骨格でも拾おうと、行ってみると…。近くに魚(しかもキンチャクダイ!)などと一緒にさまざまな漁労屑が捨ててある。その中のとあるものを見て、ふと気がついた! これってウミウサギガイの仲間の宿主だよな…。さっそくその場にしゃがみ込んで探してみる。そして見つけたのが、このホソテンロクケボリガイだ。大きさは12〜13ミリといったところ。このピンク色がとってもプリチィ☆(←おいおい…) さらに探すと種類が違うのも見つかった。下の写真、手前正面がおそらくムラクモコダマウサギかな。そして正面左がシロオビコダマウサギだろう。どれも初めてのものばかりで、しかもツルツルピカピカ☆ ウミウサギガイの仲間は、生きたものをダイビングで見る機会もある。その姿もとっても綺麗で好きな貝なんだけど、貝殻もまた魅力的だね☆

*背面に縁取りがあるのでホソテンロクケボリとしました(ただし1個体の縁取りは不鮮明)が、テンロクケボリかもしれません。2種は同属別種です。
味の素のバチビン
味の素の壜は以前にも三代タイプ違いと、試供品らしきちび壜などを紹介してきた。今回のものは三代揃い踏みの中で、手前に写っている壜と同時代(おそらく戦前・昭和初期)の、容量の大きいタイプだ。もちろん壜底には右書きで「味の素」とある。小さいタイプは割りと見かけるのだけど、この大きいタイプは海岸ではこの1個しか見ていない。大きいと言っても高さは95ミリで、バチビン特有の平たい壜なので、今現在の卓上壜と比べても容量は若干小さいのではないだろう。たぶんラインナップとしては、よる大きいものもあったはずだ。 味の素を始め、化学調味料は最近なにかと肩身が狭かったりする。でも、僕は子供の頃、味の素を手のひらにパッパッと振り出して、それをペロペロ舐めるのが好きだったさ!(爆) 化学調味料が悪いんじゃなくて、結局はその使い方じゃないのかな? まぁ、それはともかく、独特のフォルムを持ったこの壜は、やっぱり魅力的なんだよね(笑)

このタイプの壜は、千葉のYUKIさん(正確にはジジさん)も拾ってます。こちらの方が若干首が長い? タイプ違いなのか、製造時期のズレなのかはよくわかりませんが。こっちはサンドブラスで透明感がまったくないですが、YUKIさんのは状態がよくて羨ましい(笑) 陶片狂さんが拾われているのもYUKIさんの方にちかいかな?
登竜門

海ハケから出てきた平たい円筒形の水滴。形は単純だけれど、上面には型押しか浮き彫りによって見事な文様が描かれている。滝を登る鯉と、その周り咲くのは梅の花だろうか。滝を登る鯉は、もちろん登竜門の伝説を描いたものだろう。昔の中国では、鯉が黄河を遡り、上流の竜門山にある急流を登り切ることができたなら、その鯉は竜に変化する…という伝説がある。登竜門は「竜門を登る」の意味で、やがてその言葉は成功や立身出世への関門を意味するようになったと言うわけだ。そんな絵柄だから、これを使って書を書けば、勉強したらばきっと成功する…というような意味合いがあったのかも(笑) 水滴の標準的なサイズはよくわからないけれど、これは直径が80ミリ、高さが34ミリで、ちょっと大きめに感じる。裏側には何か墨書きされているけれど、読みとることはできない。水滴は以前、首無しの桃太郎水滴を拾っているけれど、完品はこれが初物☆

仁丹とその仲間たち
「仁丹」は森下仁丹の看板商品で、その発売はなんと明治38年(1905年)にまで遡る。積極的な広告宣伝を打ち、発売2年にして家庭薬の売り上げ日本一になったとも言われている。また、戦前から中国や東南アジアにも輸出されていた国際的な商品でもあった。写真の壜はいつの時代のものか、正確にはわからない。森下仁丹のHPにある「森下仁丹歴史博物館」にもガラス容器の紹介がないけれど、商標の変遷を紹介したページで見ると、文字の書体が昭和25年から49年まで使われたものと一致する(びっきさんの壜も同じくらいの時代かな?)。そして下の写真の容器はさらによくわからない携帯サイズの極小壜。ローマ字だけなので、これもおそらくは戦後のものと思うけれど…。

仁丹は爆発的なヒット商品だったため、戦前からその類似品が大量に販売されていたらしい。あかずきんさんが家の物置にしまわれていた古い仁丹の類似品壜を紹介されていたが、ほとんど同じものを僕も拾っている。下の写真は仁丹類似品の丸薬壜と思われるガラス容器だ。あかずきんさんの壜と似ているのは右上。左のイチジク浣腸(爆)みたいな容器は典型的な簡易の丸薬壜で、これは千葉のYUKIさんや鎌倉のzaimokuzaさんも拾っていたはず。中央のはつい最近拾ったものだけど、これもおそらく簡易の丸薬壜と思う。これら3つはおそらく戦前のものの可能性が高い。ちなみに戦前の仁丹は、上述の「森下仁丹歴史博物館」の年表にある写真を見る限り、金属製(?)の容器を使っていたようだ。
